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Pachi's Blog Annex ~自薦&自選よりぬき~

『Pachi -the Collaboration Energizer-』の中から自分でも気に入っているエントリーを厳選してお届けします♪

失敗ってあきらめることでしょ?

オリジナルはこちら(2011/12/11)

 

最近、「失敗」が気になっている。

と書くと、「年末のちょっと華やいだ雰囲気がただようこの時期になぜ?」と言われそうですが、、こればっかりはしょうがない。だって気になるんだもん。

 ■何を持って失敗と判断しているのか?
あらかじめ期間や結果判断の尺度が決められている「目標」に対して、それに達しなければ周囲から失敗と判断される。これは仕方のないことだと思う
でも、「周囲の判断」や「周りに対して失敗を認める」ことと、自分が自分自身に対して「失敗だった」と認める必要があるかどうかは別の話じゃないでしょうか。
 
「仕事では常にセットした/された目標を上回らなきゃ意味がないだろ。何を甘っちょろいことを言ってるんだ!」
という意見も当然あるとは思いますが、自分が次につなげられる「何か」をそこから得ることができたら、「自分全体ビュー」として見るとそれは失敗じゃないですよね
 
ですからもちろん、外に対して「失敗を認める」ことは必要ですけど、それをしているうちに自分自身まで「失敗だった」と思い込んじゃって、なぜか自分への言い訳を探しだすような、そんなことにならないように気をつけた方がいいんじゃない、ということです。 
ということで、私は周りには「失敗しました」と言いますが、心のどこかでは「ちょっとつまずいただけさ」と思うようにしています
 
■必要以上に急いで「失敗」と判断していないか?
これは前回書いたエントリー『インフォバーンさん主催のトークセッション"斉藤徹 × 佐藤尚之 × 小林弘人" に参加してきました』のイベントで、さとなおさんが「せんとくん」を題材としておっしゃられていたことでもあるのですが、「当初の評価や反響が180度変わってしまうことも珍しくない」ということです。
イメージ
著書の『明日のコミュニケーション』でも書かれていましたが、奈良県のマスコットキャラクター、せんとくんが「デビュー」した時の叩かれっぷりっの酷さ、そしてそこからの評価の変化はとても興味深いものでした。
Wikipediaにも書かれているので、興味のある方は一度読んでみてください。)
 
ここで言いたいことは、自分自身が諦めずに続けていけば、状況が変わることだってあるさということです
よく言われる言葉だけど、「失敗とはあきらめること」なんじゃないでしょうか
ギブアップしなければゲームは続く!
 
■社内SNSのブログやグループ(コミュニティー)機能における失敗とは
突然「本業」に関係してくるのですが、社内外でちょくちょく「失敗しないブログのコツってなんでしょうか」という質問を貰ったり、「SNSのコミュニティーで失敗してしまいました」なんて話を聞くことがあります。
そして、相手の方に「失敗って具体的にはどんなことですか?」と聞くと、「スタートしてから1ケ月経つけど、書き込み数もメンバー数も増えないんです」ということを言われます。
 
これって、失敗ですか?

書き込み数やメンバー数の増加だけがそのグループやコミュニティーの目的だとすればそうかもしれませんが、本当に目的はそれだけだったんでしょうか?
グループやコミュニティーで「人のつながりを生み出す~強める」ことができていれば、それは一つの成果ですよね、そしてグループに価値を見出しているメンバーがいれば、それも成果だと思うんですよ
屁理屈みたいに聞こえるかもしれないけど、「まだ成功していない」だけじゃないか、と
 
「失敗しないブログのコツ」とも関係してくるのですが、結局先ほど書いたように、失敗とは「あきらめて止めること」なんじゃないでしょうか。
 
新たな展開や発想につながり発展的に解消したとか、方向を変えて再スタートしたとか、そういう止めかたは全然OKだと思いますが、「想い」があるものや「自分らしさ」に関係することについては、そう簡単に失敗を認めず「軽くつまずいただけさ」ってうそぶきながら、続けることが大切なんじゃないかな。 
 
ま、一方でどうでもいいことに対しては「早めに見切る大切さ」があるのも事実、だとは感じますけどね。
 
Happy Collaboration!