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Pachi's Blog Annex ~自薦&自選よりぬき~

『Pachi -the Collaboration Energizer-』の中から自分でも気に入っているエントリーを厳選してお届けします♪

日本(人)の労働生産性(2) - 個人の生産性と企業の売上高

オリジナルはこちら(2016/9/19)

 

「日本人の生産性が高いとか低いとか言ってるけど、それって「日本の景気は下がり続けている(分子は減り続けている)のに総労働時間は変わっていない(分母は変化していない)よね」って事の言い換えに過ぎないんじゃない? というのが前回の『日本(人)の労働生産性(1) – 分母と分子』でした。

今回はその続きです。『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』表紙

 

前回の記事に書いたデータの多くは、出口さんの著書『日本の未来を考えよう』をベースとしていましたが、今回の記事は、ロシェル・カップさんの著書『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』に多くのインスピレーションをいただいています。ありがとうございます。

 

 

■ 個人の生産性の高低と、企業の売上高はどれくらいつながっているか。その実感がはたしてどれだけあるか?

 

「今、自分が上司にいわれてやっている仕事は、はたして自社の売り上げを左右するためのものだろうか。それとも上司が自身の評価を上げるために私にやらせている仕事だろうか。」
–これは極端過ぎる2択かもしれませんが、日常の仕事の中には、直接的に会社の役に立つ仕事とそうじゃない仕事があるのではないでしょうか。

 

「そうじゃない仕事はすべて不要」というのは極論だし暴論だと思いますが、実際には「その仕事にかけるべき、ふさわしい労力量」があると私は思っています。

ささいな仕事に必要以上の時間や労力をかけていないか、99%の人が価値を感じない細部まで整えることに、(本人以外に)どれだけ意味があるのか、ということです。

 

いくつか、『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』の中で、「かけるべき労力」に関連していると思われる点を引用します。

 

日本の社員は雇用者に服従する代わりに雇用の保証を確保する(…)日本人は不確実性と不安定への忍耐力が低く、組織と予測可能性を好む傾向がある。

日本企業の非効率性と残業の多いことは、日本人社員の多くが、「早く反応すべき」態度をとる傾向にあることにも起因している(…)上層マネジメントが口を開くたびに、非常事態に挑むかのような雰囲気が社内を覆うことになる。その結果、すべての仕事が緊急として扱われ、長時間勤務が要求される状況が作り出される。

 

よく聞く言い回しですが、出荷すればそれなりに売れた「需要が強い時代」には、工場をはじめとする職場での小さな創意工夫が労働生産高に結びつき、それが直接出荷量と売り上げの増加に結びついていました。

つまり、前回の書いたところの「分母」である労働時間ではなく、「分子」である購買力平価GDPを上げていこうというアプローチが効く構造だったわけです。

 

そして現在。需要と供給の関係は大きく変化しました。

「もはやそうした小さな創意工夫など効かない時代だ」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、少なくとも個々のプロセスの見直しや個々人の取り組みの集約が、全体の生産性向上につながりずらくなっているのは確かでしょう。

 

組織全体の仕事のやり方や捉え方を変える、仕組み・プロセス・概念・ポリシーを、大掛かりに取り入れる必要があるのではないでしょうか。

(って、これ自体おそらく10年以上言われ続けていることなんじゃない? という気がしますが)。

 

 

■ 雑感(いやすべてが雑感みたいなものだけどさ)

 

労働生産性の計算式は「生産量(購買力平価GDP) ÷ (就業者数 × 労働時間)」で、分子がGDPなのだから、そこには金額換算されない生産は一切含まれません。『ポスト資本主義』表紙

つまり、お金の受け渡しが発生しないやり取りがどれだけ質量ともに豊かであっても、労働生産性には直接的にはなにももたらさないという言うことです。

 

その是非をここで問うつもりはありませんが、高度経済成長時代を過ぎた先進国のあり方として一考の価値があると思うので、広井 良典さんの著書『ポスト資本主義 – 科学・人間・社会の未来』の一節を紹介しておきます。

 

それは「労働生産性から環境効率性(ないし資源生産性)へ」の転換と呼ばれるもので、このように表現すると難しく響くが、その中身は以下のようにシンプルなものだ。

かつての時代は「人手が足りず、自然資源が十分ある」という状況だったので「労働生産性」(=少ない人手で多くの生産を上げる)が重要だった。しかし現在は全く逆に、むしろ”人手が余り(=慢性的な失業)、自然資源が足りない”という状況になっている。したがって、そこでは「環境効率性(資源生産性)」、つまり人はむしろ積極的に使い、逆に自然資源の消費や環境負荷を抑えるという方向が重要で、生産性の概念をこうした方向に転換していくことが課題となる

 

 

これからもさまざまな場所や状況で、私たちは「我々は生産性をあげなければならない」という言葉をきっと目に耳にするんでしょう。

そんなときにそっと思い返して欲しい言葉を、再び『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』より紹介して今回の記事はおしまいです。

 

(社員に)エンパワーメントを与えることは、生産性の向上、革新の奨励、および顧客サービスの向上につながるとされている。また、社員の満足度と目的を共有する意識が高まり、コラボレーションが強まる。

生産性の研究によると、2~4時間仕事に集中したあと、自転車に乗ったり泳いだりという長い休憩をとってから再び2~3時間集中して働くことが、人々の生産性の向上に一番成果がある。技術の発達により、いつでもどこからでも働くことが可能となった昨今、人々が機械のように働くことを期待せず、人間の自然のリズムを尊重したやり方に戻ることが可能かもしれない。

 

次回は、前回と今回を踏まえた自分なりの提言を書こうかなと思っています。

Happy Collaboration!