オリジナルはこちら(2016/1/12)
前回の『不採択論文その1: 企業ソーシャルがもたらす効果と課題点』の続きです。
企業ソーシャル効果測定の考え方
■ 高価値の情報発信とエンゲージメント
前回は、企業ソーシャルの特性と導入目的、効果測定、そして課題についての基本的な考えを述べた。今回は新しい効果測定手法について具体的に述べ、現在IBM社で実験中の方法を紹介する[5]。
企業ソーシャルの目的達成度や効果を測る上で、コミュニケーションとコラボレーションの量・質を数値的に測定することの重要性は、業務における知的生産物の創造が求められるナレッジワーカーが中心を占める企業においてはとりわけ顕著である。
コミュニケーションとコラボレーションが双方向性をベースにしているものであることを踏まえると、情報発信回数の多さという「発信」と、従来の表示ペース数や滞在時間といった「受信」のそれぞれを「アクションとリアクション」として切り離すのではなく、つながりとして見ていくことでより正確に効果を測定できるようになる。
こうした双方向のつながりは「エンゲージメント」とも呼ばれ、それを数値化して分析していこうという試みがIBM社内では昨年から本格的にスタートしている。
具体的には、単に「発信数」を測定するのではなく受信者のリアクションを誘発した発信数を捉えていくこと、つまり一方的な情報発信ではなく、情報受信者の行動を引き起こす情報発信を質的な価値の高い情報発信と捉え、それを数値化していこうというものである。
なお、こうしたコミュニケーションとコラボレーションの頻度が上がると、一般的に社員間の心理的なつながりは強まりお互いの好意度は上がっていくとされている。これは心理学で「単純接触効果」と呼ばれて広く知られている現象である。
そして社員間の良質な関係性が、組織や企業全体の文化や体質に反映されることは、多くの企業人が個々に体験していることであり、さらには社員間の関係性が社員の自社へのロイヤリティに多大な影響を与えていること[6]を踏まえると、企業ソーシャルがどれだけ質の高いコミュニケーションとコラボレーションを生み出しているかをエンゲージメント数値として測定可能なものへとすることの意義は大きい。
[5] Maximize the Value of your Systems of Engagement,
http://www-01.ibm.com/software/ebusiness/jstart/sna
[6] Delloite, Global Human Capital Trends 2015 Leading in the new world of work,
http://www2.deloitte.com/global/en/pages/human-capital/articles/introduction-human-capital-trends.html
■ パーソナル・ソーシャル・ダッシュボード(PSD)
IBMではエンゲージメント数値を測定し可視化するためにパーソナル・ソーシャル・ダッシュボードを開発・運用している。
パーソナル・ソーシャル・ダッシュボードの中心となる考えは、前項で述べたように「情報受信者のリアクションをどれだけ起こしたか」を数値化することにある。
より詳細には、それらの数値からコミュニケーションの活性化や共感の提示による関係性の深化や、創発の生まれやすい協働関係や環境づくりに、個人やグループ、組織がどれだけ貢献しているかを可視化していくことである。
ここから、具体的にIBMが昨年から段階的に進めてきた社内パイロット・プロジェクト「パーソナル・ソーシャル・ダッシュボード」について解説する。
PSDは下記の4つの観点からそれぞれはじき出された点数と、その平均点の5つからなるソーシャル・エンゲージメント・スコアを計算する。
- 「Activity」- コンテンツやコンテンツを保持するコンテナの作成、コメントの付与など能動的な自身の行動
- 「Reaction」- コメントやいいねを貰った回数、付与されたタグの数など、自身のActivityが生み出した周囲の他者の行動
- 「Eminence」 - プロフィールにタグ付けされた回数や自分について言及された回数など、自身へのソーシャル上での認知が生み出した周囲の他者の行動
- 「Network」- 相互ネットワーク登録されている社員数、自分がフォローしている、あるいはされている人数
これらの数値のそれぞれの最高点を100とし、社員のスコアを高い順に並べた際に、上位社員がおよそ以下の割合に収まるように得点をつけている。
なお、これらの数字の算出ロジックは、「企業ソーシャル上での情報共有に積極的な社員が、自身の行動が正しく数値化されていることを把握でき、それによってモチベーションを保てるようにする」というPSDの趣旨の最たるものが保てるよう、これまでに数回見直しが入っている。
また、こうした個人の数値を確認できるのは、原則として本人のみとなっている。
一方グループや組織単位での数値は、プライバシーの観点から個々人の数値が特定できないレベルの母数を確保した上で、グループ属性や組織属性として発表されている。
ここでは、数値化と可視化のメカニズムについて述べたが、次の章に入る前に一点重要な検討・考察点に触れておきたい。それは、個人の行動を数値化・分析するために取得する行動データの取り扱いについてである。
企業ソーシャルのデータを取得分析する上では、自社における明確なポリシーを早期に決定し社員にそれを伝え、正しく理解してもらうことが欠かせない。十分に注意が必要なのはデータそのものだけではなく、事前の取り扱いルールの取り決めやその社員への開示も非常に重要だ。
もし、そうした活動が十分になされないまま、疑心暗鬼の社員にツールの使用を促したり、そこからデータを取得したりしたとしても、有益な分析結果につながる可能性は非常に低いであろう。そして社員の社内ソーシャル・ツールへの信用低下および使用頻度の低下を招き、さらには自社に対するロイヤリティの低下にもつながっていくであろうことは想像に難くない。
なお、IBMのPSDに関するデータの取り扱いルールやその根底をなす思想(「プライバシーバイデザイン(計画的なプライバシー対策)」)については、担当者によるTEDトーク[7]で詳しく解説されている。
[7] Marie Wallace: Privacy by design: Humanizing analytics, https://www.ted.com/watch/ted-institute/ted-ibm/marie-wallace-privacy-by-design
続く ( 不採択論文その3: エンゲージメントを高める施策と事例 )
Happy Collaboration!