Pachi's Blog Annex ~自薦&自選よりぬき~

『Pachi -the Collaboration Energizer-』の中から自分でも気に入っているエントリーを厳選してお届けします♪

CCDLab.エナジャイザーになりました

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去年一昨年と、春〜夏にかけてコペンハーゲンからBespokeに来日してもらい、フューチャーズデザインのワークショップを一緒にやっていたのですが、今年はコロナもあってそうもいかず…。

とは言え、いつまでも状況の変化をただただ待ち続けてはいられません。

5月に参加者としてオンライン「Futures Design Camp」に参加後、日本でのオンライン版の開催についてBespokeと打ち合わせを重ね、まずはメンバーズの社員に向けてフューチャーズデザイン・ワークショップをシリーズで実施することとなりました。

来日できない彼らにはビデオで登場いただき、日本でこれまでも一緒にワークショップをやってきた我有さんと原さんとおれの3人でファシリテーションを行います。

第一回目は明日! はたしてどんな場になるか…楽しみです。

 

細かい内容はまだ内緒ですが、ウォーミングアップを兼ねて作成した何枚かのスキャンカードをアップします(スキャンカードの作成には、Bespoke Horizonという彼らのオリジナルアプリを使いました)。

スキャンカードとは、「未来の兆し」を内在する現在の出来事を1枚のカードに落とし込んだもので、その集合体であるスキャンマップが欲しい未来へのシナリオ作りの基盤となります。

参考: シグナルをスキャンする – ブック・オブ・フューチャーズ (Bespokeの『Book of Futures』日本語訳)


イメージ from コペンハーゲン初の人口スキー場! コペンヒルに登ってみよう!
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イメージ from SDGsが溶け込むまち、岡山県真庭市の取り組みとは。

 

9月中に4回の「Futures of Social Creator(ソーシャルクリエイターの未来)」セッションを実施した後は、同テーマでメンバーズ社外にも展開しようと考えてます。お楽しみに!


 

ところで先日、メンバーズ運営の学びのプラットフォーム「CCDLab.(Co-Creation Digital Lab.)」のエナジャイザーに就任しました。

先週、7月終わり頃に開催した1回目のセッションレポート『社会課題をクリエイティブで解決するには? オンライントークセッション開催レポート 第1回「身近な“学校制服”をテーマに、どうしたらクリエイティブで解決できるのか?」』が公開されています。良かったら見てね。

社会課題に気づき解決するための思考力を養い、ポジティブな危機意識を持って行動するソーシャルクリエイターを、2030年までに100万人くらいに増やしたいとおれは思っていて、そのお手伝いができるステキな機会を頂けました。

みんなにがっつりエネルギーを充填したいなって思っているので、応援よろしくお願いします。

Happy Collaboration!

なんで民主主義? そして民主主義に何をしてるの?

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今朝、坂本さんの24時間ライブ配信ラソン「のたりのたり」に、ゲストとして1時間、原さんと一緒に参加させていただきました。

週初めの月曜朝9時から約1時間、民主主義とデザインにまつわる話をあーでもないこーでもないと楽しく話をさせてもらったんだけど、自分の中では「ぱちはらダイアログ 番外編」的な位置付けでもあったかな。

 

話はあちこちに飛びつつも、自分的には坂本さんから なんでパチが「民主主義」なの? そしてパチは民主主義に対して何しているの? という問いを貰った時間で、それについて頭を巡らせ会話する時間だったという気がしています。

終わってからも、自分の中で問いへの答えへの思いが拡がり続けていて、とってもありがたい時間でした。

 

イベント詳細はこちらのページでご覧ください。

 

なお、WHOのための新型コロナウイルス感染症連帯対応基金への「500円寄付チケット」も購入できるようになっています。

番組の中でも少しお話ししましたが、こういう寄付を求める行為を実践できる道具をみんなが簡単に手にできて、誰もがそれをいつでもどこでもスタートできて、それに応えることができる。これも民主主義が僕らに手渡してくれているものだよなって感じています。

 

少し、話したことと話せなかったことを書いておきたくなりました。

 

■ なんでパチが「民主主義」なの?

実は「民主主義」という単語を意識するようになったのはここ3年くらいです。

それまで自分にとって民主主義という言葉は身近じゃなくて。日々の生活から離れた場所にあって、「政治家やジャーナリストたちが使う単語」くらいのイメージでした。

 

もともともおれは「自分が自分らしいままでいられること」 — 納得のいかない常識やら世間体、社会的圧力みたいなものに押し流されず、好きな自分自身でいること — に強いこだわりがあって、それを脅かす内外のものに強い嫌悪感と反発心を持っていました。

だから常に「自分が自分自身でいられる社会を」ということは機会があるごとに口にしていましたが、それが「民主主義」という言葉には結びついていなかったんです。

 

さっき、坂本さんから「なんで民主主義なの? 」という問いを貰ったとき、「ああ、そうだったのか」って思いました。

おれの中では、自由を大事にして、それを実践できる社会のことを「民主主義」と呼んでいるんです。なぜなら、その対極にある独裁主義のもとでは、自分の意見や愛するもの、信ずるものを取り下げざるを得なくされてしまうから。自由でいるためには、民主主義が必要なんです。

それは政治だけではなく、会社や学校、自分が暮らす地域やコミュニティーでも同じです。
合わせるか、さもなくば弾き出されるか — そんな恐怖を抱えながら生きていかなければいけない社会はゴメンです。

 

■ そしてパチは民主主義に対して何しているの?

「どんな具体的な活動をしているの?」と問われると、説明しやすい活動はしていないなぁって思います。ただ、どこにどんな状況にいても、「自由と民主主義に信を置いていますよ」というのを、実践し続けているつもりです。

社会的に無名の「少々おしゃべりな人」がそれをやり続けることで何か意味があるのか? という言葉が頭を過ぎるときもなくないけれど、でも「意味がある」という確信めいたものもあって。それは自分が直接的な起点ではないかもしれないけれど、「そういうことを言っていた人、やっていた人」を実際に目や耳にしている人を少しでも増やしていることが、いつかどこかで意味を持つんじゃないかなって。

 

ステキな曲を生み出すミュージシャンや偉大な作品を描きあげる小説家とかって数少ないけれど、でも彼らが生まれるのは、その活動をやり続けたからですよね。

そして偉大な才能を持っていたとしても、やり続けられるかどうかにはあまり関係がない。やり続ける人を増やすには、2つのアプローチの両方が取られることが大切だと思うんです。

まずは、やっている人を応援すること。やっていることを評価し、やめずに続けられるよう後押ししてあげること。

もう1つは、やろうとする人を増やすこと。「そんなの上手くいかないよ」ってやろうとさせないんじゃなく、やる人が増えれば続ける人も増えて、そこにたどり着く人も増える。

 

坂本さんに話した、IBMでの「野鴨コンテスト」で一番を取って「救われています」って言ってもらったこととか、制服をもっと安いものにしたいってツイートして大きな反響をもらったこととか、そんなのも少しではあっても、誰かの「続けよう」とか「始めよう」につながっていると思うんだよね。

 

■ その他、話しそびれたこと

インターネットがアメリカ西海岸のカウンターカルチャーと軍事技術という、開かれたものと閉じたものという相反する2つに深いルーツを持つように、ソーシャルウェブもコミュニケーション・バリアフリーという「開くモデル」と、そこで可視化され生み出されるデータ資本の搾取という「囲い込みモデル」、この相反するものを内在しています。

どちらかだけにフォーカスして良い悪いを判断し排除するのではなく、両者の存在を認めながら調和するバランスを見つけようとするのが「民主主義」なんじゃないかとおれは思っています。

 

ちょっと概念的過ぎる話に聞こえるかなって思うけど…。

全員が100パーセントの力を集結して一気に白黒をつけてことを成し遂げるというやり方、あるいはそれを可能とする権限を1箇所に集中してスピーディーに進めるやり方は、成功するとキラキラとまばゆい光を放ちます。でも一方で、失敗すると立ち直りにすごく時間がかかる仕組みなんですよね。

何が言いたいかというと、民主主義は白黒つけれないものを内在したまま進められる仕組みだということです。そして、失敗しても立ち直れる仕組みだということです。

 

たとえ人間的に非の打ち所がなく、天才と呼ばれるような頭脳明晰の人だって、失敗はします。少なくともそこには常に失敗の可能性があります。

だからこそ、失敗してどこかが崩れても回復できる、ネットワーク型の仕組みが社会に必要なんじゃないでしょうか?

そしてそれを担保するのは、多様性(diversity)と多元性(multiplicity)により成り立つ民主主義であって、多様性と多元性には、一人ひとりが自分自身を尊重すること、つまり「自由」が欠かせないんじゃないかな。

 

Happy Collaboration! 

 

ぱちはらダイアログ6〜10

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台本・構成一切なし。ルールは「民主主義」をメインテーマをとすることだけ。それが「ぱちはらダイアログ」です。早いもので、昨日が第10回でした。

第5回を終えたときに1度まとめブログを書いたように、今回は第6〜10回を振り返る…というか、そのおれ的ポイントを書いておこうと思います。

参考: ぱちはらダイアログ1〜5

 

■ 民主主義とサーキュラーエコノミー | ぱちはらダイアログ6(200603)


ぱちはらダイアログ 第六回「民主主義とサーキュラーエコノミー」

キーワードは「オランダ」

ゲストはアムステルダム在住のサーキュラーエコノミー&サステナビリティの専門家、西崎こずえさん。

こずえさんは今年1月に0歳児の赤ちゃんを連れて家族3人でオランダに移住したばかりで、出産〜海外移住〜コロナパンデミックという、人生においてそうそう起きないレアな出来事を立て続けて経験されている真っ最中です。

 

オランダは、サーキュラーエコノミーが発展を続けているEUにおいても、その中心地として注目されています。そんなアムステルダムから、コロナ対応などから見えてくるオランダ人のマインドセットや、サーキュラー界隈の最近の動きを教えてもらいました。

あらゆるものがゴミとならずに循環を続けるサーキュラーエコノミーですが、捉え方を変えると消費者・使用者が原料供給者にもなってモノをサーキュラーさせる重要な役割を担っているんですよね。
こずえさんの話から、サーキュラーをより深く捉えられるようになった気がします。

 

■ 民主主義とインクルーシブネス | ぱちはらダイアログ7(200625)


ぱちはらダイアログ第7回「民主主義とインクルーシブネス」

キーワードは「寛容のパラドックス

ゲストはダウン症の啓発活動を行うNPO法人アクセプションズ代表の古市理代さん。

「もっと人びとが混ざり合う環境を作っていこう」という意識を「混ぜなきゃ危険」というキーワードで訴えているおれにとって、古市さんの話すエピソードはどれも強い説得力を持つものでした。

そしてとても印象的だったのが「寛容のパラドックス」の話です。

 

寛容はとても重要だけど、不寛容に対しても寛容でい続けていては、不寛容が蔓延して寛容の居場所がなくなってしまう…。

分かりやすい例を挙げれば、「自由社会なのだから何をするのも自由」と言ってひどい犯罪を犯す人を許していては、犯罪が跋扈する社会になってしまいます。ヘイトを許していては、ヘイトに溢れた世界になってしまうってことです。

ダウン症の息子さんを持つ古市さんは、これまで何度となく寛容/不寛容にセンシティブにならざるを得ない立場に置かれてきたと思います。その彼女が「寛容のパラドックス」について語ることの意味って、とても大きいと思いませんか?

 

■ 民主主義と国際協力 | ぱちはらダイアログ8(200716)


ぱちはらダイアログ 第8回「民主主義と国際協力」

キーワードは「シアバター

ゲストは筋金入りの国際協力女史で、イギリスの大学院卒業間近の江田慶子さん。

江田ちゃんとは10年前、彼女が国際協力NGO ピースウィンズ・ジャパンで働いていた頃から仲良くなり、何度か彼女が企画したイベントにゲストとして呼んでもらったり、一時期ブルキナファソに住んでいた彼女が帰国したタイミングでイベントを企画させてもらったりとしていました(『アフリカのサラリーマンと身近な二次情報』)。

 

なお、江田ちゃんは来月から国際協力機構発展途上国ビジネス支援での仕事が決まったそうです。頑張ってね!

そしてダイアログでも紹介しているブルキナファソのシアバターを販売するオンラインショップ「注文の多いシアバター店」もみなさんぜひ応援してあげてください!!

 

■ 民主主義と企業、ブランド | ぱちはらダイアログ9(200804)


ぱちはらダイアログ 第9回「民主主義と企業、ブランド」

キーワードは「ワーク@デンマーク

ゲストはデンマークの腕時計ブランドNordgreenにお勤めの岡安夏来さん。

夏来さんと直接顔を合わせたのは、彼女がフォルケホイスコーレに入学するためにデンマークに向かうちょっと前でした。「デンマーク大好きキャラ」を当時勤めていた会社で確立していたって話は以前に聞いていました(『フォルケホイスコーレとヒュッゲ – EPOCH MAKERSイベントレポート』)。

が! まさか彼女が仕事を見つけ、そのままデンマークで暮らすことになるなんてことは私は想像していませんでした。

 

デンマーク企業のワークスタイルについては最近よくウェブ記事などでも目にしますが、働き始めておよそ1年の日本人が、編集なし台本なしで語っている姿を目にできるのは結構貴重な機会なんじゃないかなって思います。

デンマークで働いてみたいって方は、ぜひご覧ください!

 

■ 民主主義と教育 | ぱちはらダイアログ10(200813)


ぱちはらダイアログ 第10回「民主主義と教育」ゲスト 竹村詠美さん

キーワードは「ホール・チャイルド・アプローチ」

ゲストは一般社団法人FutureEdu代表理事の竹村詠美さん。

昨日終えたばかりのホヤホヤです。おもしろかった〜。詠美さんからは「対話がグッと深まるから、できたら事前に『Most Likely To Succeed』って映画を観ておいて欲しい」と言われていました。これがめっちゃおもしろくい映画で、2日続けて観ちゃいました。めっちゃ心に刺さった!
最初の10分間は「あ〜、こりゃまた別のAIディストピア煽り映画か?」と思ったのですが、まったく違いました。

 

詠美さんは最近『新・エリート教育 混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?』という著書を出版されているんですが、おれ的にはどうにもイケ好かないタイトル過ぎて(エリート教育って言葉にどうしても嫌悪感が湧いてきちゃう…ww)手に取らずにいたんですが、日本と世界でいろいろ見てきた話、そして現在の取り組みを聞いたら、興味津々過ぎて読まずにはいられません。

 


気になるものがありましたか?

ネットワーク環境の悪さなどから音声が非常に聞きにくい回もあるのですが、話している内容はどれも間違いなく(少なくともおれにとっては)おもしろいですよ!。

これからもまだまだ続けますよ〜。

Happy Collaboration!

 

ありがとう旧中川!

 

3月の終わりごろに完全自宅勤務にしてからは、外出はスーパーマーケットと図書館と病院、そして近所のウォーキングだけです(一時期公園でのバドミントンにもハマってたな)。

家から10分くらい歩いたところに亀戸中央公園という結構大きめの公園があって、そこを通り抜けると全長7キロ弱の旧中川のちょうど中間地点あたりに出ます。「今日はどっちに行こうかな?」と考えて、気分次第で右か左に。旧中川の南北およそ半分を、鳥とか魚とか花とか見ながら、だいたい往復90分くらいかけて週に3回か4回のウォーキング。

丸4カ月以上歩いているうちに、すっかり「旧中川LOVER」になってしまいました。
いやぁ自然が近くにあって本当に良かった。ありがとう旧中川! 大好きさ旧中川!!

「シャッターチャンスを掴むぞ!」って意識がほぼないままに撮った写真ばかりで…。もっとちゃんと撮っておけば良かった。

すごいたくさんの小魚が何メートルにも渡って連なっていたり、50センチ超えの魚が二匹まとめて連続ジャンプしたり、何羽もの鵜が水面スレスレをシンクロしながら飛んでたり、そろそろ巣立ち? ってカルガモが水面を全力疾走して飛び立つ練習してたり…。

本当に、毎日のようにおもしろいシーンが見られるんです。季節の変化に合わせて少しずつ虫も鳥も魚も花も、どんどん種類も行動パターンも変化していき、週替わりで主人公が変わっていく感じです。

そしてたくさんの猫発見ポイントも。4カ月でほぼどこにどんな猫たちがいるか、おそらく網羅できたかと。(と思ったら、今日初めて木の上のくつろぎスポット発見!)

 

■ 鳥たち

サギが自分で狩りをしているところはほとんど見かけることはない。だいたい釣り人の近くに寄っていって、分けてもらったり、釣り人がよそ見している間に釣果を入れてるボックスから盗み出してる。あ、あと鵜の近くでおこぼれ狙っているところもよく見かける。

カルガモ親子は、多いと10羽くらい、少ないと1羽しか子どもを連れていないのも。カモの子たちは、外側の羽が大きくなって、そこに青や緑や紫の一筋のワンポイントのアクセントが入り出したら、大人になったってことみたい。

2カ月くらい前まではカモメがたくさんいたんだけど、今じゃ滅多に見かけない。そういえばカワセミも少し前まではときどき見かけたけど、ここ一月くらいはみていない気がする。カワセミの写真を撮ろうと超大型望遠レンズを構えている人たちももういないな。

 

■ 魚たち

5月頃は小魚の群がすごくって、7月頭くらいまではその群れがどんどんでかくなっていってた。今は少し落ち着いているけど、水の透明度が高い日は銀色にキラキラ光るグループと、黒々としているグループがあちこちに。

かなりでかい魚がたくさん泳いでる。種類もけっこう豊富。ところですご〜く不思議なんだけど、結構高くジャンプするんですよ彼ら。何十センチも。ザップ〜ンって。2回3回と連続ジャンプすることも珍しくなくて。あれ、なんなんですか?
縄張り主張? メスへのアピール??

 

■ 植物たち

川沿いにはけっこうたくさんの小ぶりな花壇があって、町内会のボランティアさんたちがお世話しているみたい。まめに手入れされているようで、とってもありがたい。見ているだけですっかりいい気分。
花の名前を全然知らないおれだけど、最近は「コキア」って名前を覚えました。あ、でもあれは花じゃないね。

少し前までは、紫陽花畑がずーっとつながっているところがすごくキレイでした。撮影している人も少なくなかったな。おれは結構枯れかけてたり色が褪せてきている紫陽花が好き。

6月後半からは川沿いのどこかで常に草刈りをしています。だいたい3〜4人で、一人が乗り物タイプの雑草カッターマシーンに乗り、2、3人が手動の草刈りで作業しています。暑い中ご苦労さまです。それにしても、咲いてる花もどんどん刈っちゃうのね…ちょっと可哀想。

 

■ 虫たち

最近はトンボがたくさん。銀色や青や赤や、でかいのや小さいの太いのや細いの。2連になってるの。
ちょっと前は蝶がすごかった。彼ら、よく水たまりにとまってる姿を見かけるんだけど、あれは水を飲んでいるの?

亀戸中央公園にはセミがいるけど、川沿いでは不思議とまったくセミの声が聞こえません。木はたくさん生えているんだけど…木の種類が好みじゃない? あるいは鳥がたくさんいるからすぐ食べられちゃうとか?

フナムシは…ごめん。春先はそんなに目に付かなかったのに、今はわんさかいる。早くいなくなって欲しい。無理なら小型化していただきたい。そして最近はカラッカラに干からびたミミズ(と干からびかけてもがいているミミズ)もたくさん。

 

■ 人たち

ゴールデンウィークの頃は大人数で遊んでいるグループやテント張って過ごしている人たちも見かけましたが、近頃はほとんどが少人数で散歩したり、スケボーしたり、ランニングしたりサイクリングしたり。すれ違い時に「距離近いな…」って思うことはほとんどなくなりました。

ここ2週間くらいですごく増えているのがカヌーやカヤック。それからときどきSUP。この辺りの学校はボート部があるみたいで、船と自転車で並走するコーチがメガホンで声をかけていたり、部活仲間がスマホで漕いでいる様子を撮影している姿も。

日に日に増え続ける釣り人たち。一月くらい前まではほとんどが子どもか年配の男性だったんだけど、最近は学生っぽい感じの人だったり女性の姿も多い。ひょっとして釣りブーム来てる? (ここだけかな?)
ダボハゼ(であってるのかな)とかがよく釣れているみたいだけど、みんな、釣り上げたのは食べるのかしら?

こないだ初めて「旧中川・川の駅」が営業しているのを見かけました。もともと土曜日だけの営業だったみたいだけど、長いことコロナで営業していなかったみたい。こないだ前を通ったときは「途中でかき氷のシロップ変えてもいいですか?」「いいよー。何種類使ってもいいからねー」って、子どもとお店の人の会話が聞こえてきました。

ときどき、ものすごくたくさんのゴミが川沿いに散乱していて…。ビニール袋やらペットボトルやらが川を流れていたり、半分姿を突き出しているテレビやスーツケースも…。悲しくなるね。
ときどきゴミ拾いをしている方を見かけます。ありがとう!!

 

なんてことないことばかり書きましたが、これはいつか「あのころは大変だったよねー」なんて言いながら昔を思い出すときに、自分たちが何をしていたかを記録しておきたくって書きました。

そして次に引っ越すときも、コンパクトでもいいから、絶対に近くに自然を楽しめる場所があるところにするぞ! ってことを忘れないように。

自然は毎日見ていても全然飽きません。本当はトレッキングにも行きたいけど、近くに川があるおかげでノーストレスです。ありがとう旧中川!

 

そういえば、川沿いウォーキングするようになってから、家でマインドフルネス瞑想をする機会がめっきり減りました。意識しているわけではないけれど、ウォーキングが「瞑想」になっているのかな?

Happy Collaboration!

 

 

学校の制服が10万円近くとか、もうやめて欲しい。 | を考察してみる

 

1カ月ほど前、録画しておいたとあるテレビ番組を観てどうにもやるせ無い気持ちになり、以下をツイートしました。

 

 

これがなぜかバズって、そのあと1週間近く多くの方がリツイートしたり、コメントしてくれました(ところで、なぜバズったんだろう? インフルエンサー的な人のRTやコメントは見あたらなかったんだけど…)。

バズりに対して変化していく自分の心持ち(心に余裕がないときだったら、おそらくコメントに過敏反応しちゃうんだろうなぁ…)もそれはそれで興味深いものだったのですが、それはまた別の機会にするとして、論点の食い違いを少し引いた目線で分析しつつ整理してみます。

 

もくじ

1. Twitterの数値と典型的な意見&反応

2. そもそもの発端はなんだったのか

3. なんらかの結果につながったのか

4. なぜこれを書いたのか

 

  ■1. Twitterの数値と典型的な意見&反応

ツイートに対する数値データはこちら。7月23日の昼頃取ったデータです。
184万のインプレッションと30万強のエンゲージメント。いいねが35,000でリツイートが7,000強。普段の自分のツイートへの反応からは考えられない数字です。

そしてコメントやそこから派生する会話の中で、たくさんの意見や反応を目にしました。以下、9タイプに分けてみました。なお、とってもと〜ってもマイルドな表現にリライトしています。

 

・ 賛同タイプ

  • 乳幼児を2人抱えています。彼らが中高生になるまでにはこの提案が受け入れられていて欲しいです。
  • 天才現る! それ今すぐやるべき!!

・ 制服擁護論タイプ

  • 制服のおかげで貧富の差が服装に出ず、いじめなどにつながらないのだから制服は大切です。
  • 1万円の安物じゃ3年間持たないことくらい想像つきませんか? 3年で10万円はむしろ経済的です。
  • 私服にしたらもっとお金がかかるので、親御さんにかかる経済的負担はもっと大きくなります。
  • 葬儀などのフォーマルな場にも着ていける服を用意するのですから、10万円でも高くありません。
  • 繁華街への出入りや夜遊びが抑制されるのですから、制服は必要です。

・ 制服不要論タイプ

  • そもそも制服などない方がいいものなのですから、その金額の議論は的外れです。
  • 制服というものは購入するものではなく、支給されるべきものです。
  • 成長期の子どもに3年間も同じサイズの服を着せるなんて…。それに毎日同じ服を着るのは不潔です。

・ 学校異常論タイプ

  • 制服だけじゃなく、体操着やコート、上履きや通学靴など学校指定には高額なものが多すぎます。
  • 「多様性を認めあう社会を」と言いながら、同調を強制する学校の異常さを制服が象徴しています。

・ 日本社会異常論タイプ

  • 裁縫職人や生地屋に適正金額を払えば10万円は当然であり、異常なのはデフレ社会です。
  • シングルマザーや非正規労働者の親も増えているのに、制服が値上げされる日本社会は異常です。

・ 努力不足タイプ

  • 本当に子どものことを思う親なら、パートでもなんでもして10万円くらいどうにかできるはず。
  • 制服代なんて事前に調べれば分かるのだから、それが嫌なら最初から進学候補にすべきではない。

・ グローバル経済反対タイプ

  • 地域密着型の商売を無くしてしまう気ですか? そんなことをしたら国内産業は潰れてしまいますよ。
  • 海外の不当に安い労働力を搾取するブランドの服なんて子どもに着せたくはありません。

・あきらめタイプ

  • 学校と業者の癒着です。中抜きが跋扈する世界ですから、変えるのは不可能ですよ。

・ 情報提供タイプ

  • 海外では学校単位ではなく、制服は地域や全国で一律になっているところが多いです。

 

  ■2. そもそもの発端はなんだったのか

録画しておいたとあるテレビ番組とは、Eテレ ETV特集すべての子どもに学ぶ場を~ある中学校と外国人生徒の歳月~』というプログラムです。

義務教育の対象外となってしまう外国人の子どもたちを、だれ一人取り残さず学校につなぎとめようと奮闘する姿を追った番組で、とてもグッとくる内容です。

そして番組のほぼ最終盤、コロナで職を失った家庭の生徒が、貧困に苦しみながらも周りの支援もあってどうにか入学金をかき集めて「高校に行きたい」という気持ちを実らせた女子生徒を、新たに10万円という制服の値段が襲います。

 

「こんなに頑張ってここまでこぎつけたのに、制服10万円のせいで夢を諦めなくちゃいけないなんて…。」 — ボロボロ涙がこぼれました。

それで冒頭のツイート『ユニクロとか、100パターンくらい作って「学校さん、この中から1つ選んで。どれでも1万円です」とかってできないものかな? エンブレムも1000円くらいで売って、自分たちでそれ取り付ければよくね?』と書いたのです。

 

おそらく、制服廃止を求め訴えても、そこに至るまでにとても長い時間がかかるだろうと思ったから。時代に合わなくなった社会的な慣習を変えていくことはとても重要なことだけど、同時にそのために夢を諦めなきゃならない人が量産されるのは、とても悲しいことだと思ったから(コロナで生活や将来のプランが大きく変えざる得ない人は、マジョリティーの目に付きづらいところにこそたくさんいるから)。

 

 

 

  ■3. なんらかの結果につながったのか

昔から疑問に思ったりおかしいと感じることを言葉にしたり態度にしたりして表すようにしていますが、最近では特に「アテンションとアクション」という2つを念頭に置くことを意識しています。

  • アテンション | 注意、関心。その「おかしさ」に対して十分な関心が社会的に示されているか?
  • アクション | その「おかしさ」に対して変化が起きやすい形になっているか?

 

アテンションですが、制服や不条理な校則に対する社会的関心って、これまでに何度となく表出しているものの、ほとんど変化せずになんとなく終わってしまっていると思うんです。それが原因なのか、親も生徒も、なんなら教師までも「学校の制度面に文句をつけたところで変わりはしない」とほとんどが諦めてしまっている気がします。

なので、改めて違う角度から光を当ててアテンションを引く努力が必要だと思うし、そこにはメディアと市民の差はないと思います。

 

アクションですが、「言葉や態度で発信する」のもその1つではありますが、それだけでは連鎖しにくいものです。一人の人間が言い続けることは本当にすごくすごく重要だと思いますが、やっぱりそれがなんらかの変化につながるか否かは、それが誰かの(願わくば多くの)人のアクションを呼び起こせるかどうかにかかっていますよね。

そんなわけで、「どうすればそれを見たり聞いたりした人がアクションを取りやすいか」を意識して発信するようにしています。

ですから、制服廃止よりも廉価な制服を訴えました。制服は残したいって人が根強くいるのは知っているし。でも高いままであるべきだって人はほぼいないでしょう?
市や県に訴え出るよりも、志高く財力もある私企業の方が行動力はあるでしょう?
— 個人としてUNIQLOさんやワークマンさんやイオンさんに話を持っていくことはできていませんが、どなたがパスをお持ちの方で機会があったら「そう言えばこんな声もあるようですよ」ってぜひお伝えしてみてください。

 

なお、今回ちっぽけではありますが、こんなアクションを取ってくれた人たちがいました。

  • 地域の住人たちで、学生服のリサイクル・サークルを作ろうと呼びかけてみました。
  • 総会では提案しませんでしたが懇談会では意見を伝えてきました。その結果真夏には体操着の半袖で登下校しても良い事になりました。

 

なお、偶然ですがちょうどツイートした2日後にこんなニュースが流れたそうです(ツイッターで教えてもらいました)。

東海テレビニュース『大丸松坂屋や衣料品販売業者らが“独禁法違反”…談合で県立高校6校の制服価格を平均約8%引き上げ

 

それから「ツイナビ」さんとこんなやり取りをしました。

 

 

  ■4. なぜこれを書いたのか

多分、これからもおれは市民としてだったり消費者としてだったり、社員としてだったりフリーランサーとしてだったり「小さなアクティビズム」を実践していくんだと思います。

個人が日々の出来事から学び、意識や判断や価値観を、変化させていく。
組織も、そして社会も、過去と現在の相違をまずは認め、未来のために対話していく。

過去や歴史はとても重要なものだけど、それは今と未来があってこそ。
どうしたらより多くの人にとってより良い未来につながるのかをみんなで考え、みんなで実践していく。
そうやって、対話と提案という行動を繰り返しながら、未来の自分と仲間たちのためにルールや制度を変えていこう。

 

Happy Collaboration! 

 

「しあわせにはたらく」ダイジェスト | 『SDGsが生み出す未来のビジネス』セミナー

オリジナルはこちら


昨日のお昼、『これからのマーケティングとは;SDGsが生み出す未来のビジネス(原裕×ミラクリエイション株式会社)』という本の出版記念オンラインセミナーに、ヘッドライナーの原さんセッションの前に20分ほど「しあわせにはたらく」というショートセッションで前座を務めさせてもらいました。

考えてみたら、原さんとはこれまでワークショップを一緒にやることが多くって、それぞれ別々にセミナー形式のセッションをやるのはひょっとしたら初めてだったかも?

 

参加者の方の多くが人事や経営畑の方で、メインテーマがSDGsマーケティングということもあって、少しそれに寄せつつも、普段話している内容をショートバージョンで話したつもりです。

以下、セッションで画面シェアした資料と、話した内容のポイントをいくつか書いておきます。

もし、もう少し詳しく聞いてみたいなって思う方がいらっしゃったら、ぜひリクエストしてください。なんらかの形でお伝えしたいなって思います。

 


(正しく表示されない場合は、こちらのSlideShareのリンクをご覧ください。)

 

■ 表紙 | しあわせにはたらく

■ 自己紹介 | IBMでの社内転職(逆公募)

36歳まで就職せずにフリーターをしながらストリートから社会を観てました。縁あって36歳でネットイヤーグループというウェブマーケティングの会社に声をかけてもらって就職し、縁あって翌年IBMにお声かけいただき転職しました。

IBMでは社内SNSのコミュニティーマネージャーを10年近くやっていましたが、一昨年、コミュニティーマネージャーの職が社内から消えたさい、に「自分にとってのしあわせな仕事」に向き合い、結果として自分の得意分野で活躍して周囲の期待に応えるこそが、自分と周囲の幸せのフィードバックループを高めることにこだわり、社内で自分を活かせる職とマネージャーを募集した結果、現在のIoTとAIを販売するチームにマーケターとして加わることになりました。

自分で言うのもなんですが、IBMですごくしあわせな働きかたができていると思うし、同時に社外でもしあわせな副業のしかたが実践できていると感じています。

「働きかた」についてこれまでに書いたブログ記事のいくつか

 

■ 大事にしていること | #混ぜなきゃ危険

マルかバツかで答え切れないような「問い」が社会にはたくさんあるけれど、人は多くの場合、なんらかの価値観に依存して「〜〜べき」と決めてしまい、それ以上考えを巡らせなくなってしまうことが増えている気がします。

特に社会のセグメント化が進んでいて、意識しないと自分が所属しているセグメント外の人と混ざりあう機会がとても減っていることに、おれは危機感を覚えます。なぜなら、いろんな価値観や考え方が存在していることを認識して、対話を通じて相対化したり磨来あったりしていくことで自分も周囲も同時に成熟していくものだと思うから。

#混ぜなきゃ危険 をテーマにこれまで書いたブログ記事のいくつか

 

■ 原さんとおれ(ソーシャルシフト・ラボ 〜 デンマーク

■ 世界一しあわせな国の働きかた

デンマークの民主主義

原さんたちと一緒にデンマークに行き、一般企業から研究所まで、幼稚園から大学院まで、首都コペンハーゲンから地方都市まで、いろんなところでたくさんの話をデンマーク人から聞きました。特に、おれは通訳も兼ねていたのでたくさんコミュニケーションを取ることができました。

その中で感じたのは、しあわせな働きかたのベースになっているのが、オープンでフラットな関係性と、それを可能としている民主主義の徹底でした。徹底的に対話して、DIYで自分たちの欲しい社会を作り、好ましい未来に近づけていく。そのデザイン力に圧倒されました。

デンマークをテーマにこれまで書いたブログ記事のいくつか

 

■ なにが自分をしあわせにするのか | 幸せと不幸は裏表じゃない

先日、「幸福学」の権威である慶応大学前野教授がパーソル総合研究所さんと共同で『これからの幸せなはたらき方を探求する はたらく人の幸福学プロジェクト』を出されています。

おれが思うこの研究のポイントは、「幸せの因子」と「不幸せの因子」を対になっているものとして捉えるのではなく、それぞれ「あるとしあわせ」と「ないと不幸」の生みだすものとして捉えてラインアップしていることです。詳しくはぜひ中身をみてください。

一方で、「自分自身をしあわせにするのが何か」「自分自身を不幸せにするのが何か」を知りましょう。統計は「数値であらわしたどこにもいない誰か」です。統計的に多い、少ないからって自分に当てはまるわけじゃありません。どの因子が自分にとって重要かを考えて、試して、見極めましょう。

#幸福中心設計 をテーマにこれまで書いたブログ記事のいくつか

 

■ 自分のSDGsを作ろう

■ Learning by Doing | 仕事も生活も、いろいろ試すことで学べる

誰もをしあわせにする特効薬はどこにも存在しない。自分に効くスペシャルレシピを見つけ出そう。

さらに言えば、自分に効くレシピはずっと同じというわけでもない。何か違和感を感じたときには、矢印を内側に向けて見直してみよう。

暮らしも、仕事も、生きかたも。頭で考えるだけじゃなくて、少しでも実践してみよう。実践することで初めて理解できることが、世の中には溢れている。

Happy Collaboration!

 

賛成か反対か。○かxか | 原則ですか個々も含みますか

オリジナルはこちら


「夫婦であっても同棲中でも、家事は男女が半々やるべきだ」
— 賛成か反対か。○かxかで示してください。

特定の事柄に「まるばつ」で意思表示する機会や、それをしているものを目にする機会がここのところ続きました。

きっと、これを読んでいる人の中にも、Choose Life Projectさんのちょっと前の都知事選候補まるばつ表を最近目にした人も少なくないんじゃなかな?

 

おれの場合は、それ以外に参加したオンラインでのイベントやワークショップで、「問いかけに次々とジェスチャーで答えてもらう」という経験がここのところ続きました。

  • 「マスク着用は義務化した方がよい。○かxか」
  • 「アルコールは18歳からOKとする。賛成か反対か」
  • 「学校の制服は廃止すべきだ。賛成か反対か」
  • 「医療用マリファナは合法化すべきだ。○かxか」

— と、こんな質問に参加者がジェスチャーで答えていく。問題は意見の割れやすいものが多かったかも?

 

ここで、今回書きたいことのポイントを先に出しておきます。

なお、これはおれの仮説(あるいは「思い込み」)に過ぎないものかもしれません。

  1.  人は、自分の意見が周囲の人びとと大きく異なると、居心地が悪くなる。
  2.  人は、微妙な問題に結論しか提示できないと、もどかしい気持ちになる。
  3. 人は、微妙な問題を問われると、その捉え方について確認したくなる。

 

■ 人は、自分の意見が周囲の人びとと大きく異なると、居心地が悪くなる

自分の答えが少数派であることが数回連続すると「おやっ!?」となるもので、場合によっては不安が募ってくることもあるでしょう。

人によっては「後出し」 — 周囲をキョロキョロしてちょっと遅れ気味に答える人 — 気味になっちゃったり。最初からそうやって周囲の答えばかりを気にする人もいるかな?

あるいは、結果が出てから「僕は最初からそうだろうと思ってましたよ」みたいな後出しを言いだす人も…って、これは今回のとは違う話なので取り上げません。

 

意見が異なること自体には良いも悪いもないですよね。むしろ、多様性が担保されている場なら意見が異なることの方が自然とも。

とはいえ、これがオンラインの場ではなく、リアルの場だったらどうでしょうか? そしてテンション高めで興奮気味の人が多い状況なら…恐怖を感じる人も少なからずいるかもしれません。

 

ある選択肢を多数が選択している現象が、その選択肢を選択する者を更に増大させる「バンドワゴン効果」というものがあります。またつい周りに合わせてしまう「多数派同調バイアス」というのもあります。

「場の意見」が本当にみんなの意見なのか。あなたの意見は本当にあなたの意見なのか。場作りをしている人も、その場に参加している人も、それを意識してみることがけっこう重要な気がします。

 

■ 人は、微妙な問題に結論しか提示できないと、もどかしい気持ちになる

次々と質問されていく中で、明らかになっていくあなたとみんなとの違い。なぜ自分がその意見に賛成なのか、あるいはなぜxを選んだのか。その理由や背景などをみんなに知って欲しくなってきませんか?
— とりわけ、「みんな」の中に、自分にとって大切な人だったり特別な人がいるときは。

 

これってとても自然なことだと思うのです。そしてそういう場に身を置き、人と自分が違うということ、違うということを確認・認知すること、そして違っていて良いということを感じられることって、とても重要だと思うのです。

そしてその重要さは、理屈以上に奥深いところまで届くものじゃないだろうかという気がしています。

 

これまでなんとなく「まるバツ式」「Yes/No式」の質問はあまりよくないもの、発展性がないので積極的にはしない方がいいものとして捉えてきたけど、今後はもっと場作りに活かしていこうって思いました。ポイントはその使い方。「発したい気持ち」を強めるために使えば良い。多数決はイカさないけど、「決」のためじゃない使い方もある。

ちょっと前にも似たことを感じたことがあって、そのときは読み物として問いかけてみました。

何がわたしの責任で、何が国家の責任?

 

■ 人は、微妙な問題を問われると、その捉え方について確認したくなる

「その問いはあくまでも原則に関してであって、実際のルールを運用する場面はより状況に即して変化できるという前提ですか?」
「原則だけではなく、個々の事情や状況においても適用させるべきものとしての問いですか?」
— 答える前に、これを確認したくなる場面がたくさんありませんか? おれはあります。

 

特に「家事は男女が半々やるべきだ」みたいな質問。

問いの背景には「男女平等」があり、それについては大賛成なので原則○なのですが、一方で「我が家の場合は明らかに得手不得手と好き嫌いがあり、双方納得の上で100パー妻に依存している」状態だったりします。

そういう「原則○を前提に、個々の家庭で運用を決めたほうが良い」みたいな回答が、おれの場合はいっぱいあるんです。

そしておそらく、これがいっぱいあるのはおれだけじゃなくて、日本の人たちみんなもいっぱいあるんじゃないかな。いや、世界中のみんなもいっぱいあるんだと思うのです。

 

それなのに、おそらくおれが大好きなデンマークをはじめとした北欧や、民主主義がしっかりと根付いている国では、きっとみんな「確認の問い(それは原則ですか個々も含む問いですか?)」をそんなにしたくならないんじゃないかな?

だって、「原則は原則。運用が個々であることは当たり前。いちいち確認するまでもない。」という前提が浸透しているだろうから。

つまり、問われているのは原則であり、そこから先は関係者が自分たちに合わせてみんなで調整すればいいという、「民主主義とはDIYである」という形が身についているから。

 

いくつかの仮説(あるいは思い込み)をここまで書いてきましたが、いかがでしょうか。

これらを基に、みんなが意見を表出したくなる場を作ったり、そうやって出てきた多様な意見が活かされる環境を大切にしていこうって思っています。

#混ぜなきゃ危険

Happy Collaboration!