Pachi's Blog Annex ~自薦&自選よりぬき~

『Pachi -the Collaboration Energizer-』の中から自分でも気に入っているエントリーを厳選してお届けします♪

アルゴリズム統治かDIYによる格差解消か | 先進テクノロジーが実現すべきビジネス(その3)

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これまで2回にわたり、世界的なビジネスの潮流が社会課題の解決、とりわけ気候危機と経済的不平等解消へと向かっていくことを論じてきた。今回は、その中で重要な鍵を握るデジタルデータの占有と共有について考えてみる。

 

 

「DXだデジタル・ビジネスだと世間は騒いでいるが、結局はGAFAに代表されるデータ所有企業たちが勝者総取りをするようになっただけじゃないか。デジタル変革は、強欲的資本主義とゲゼルシャフトが幅を利かせ過ぎている世界を変えるどころか、格差社会地球温暖化をむしろ前進させている!」と思われる方も少なからずいらっしゃることだろう。

たしかに一理ある。

 

 

だが、それはこの瞬間の断面に過ぎず、今が大きな変化の潮目なのではないかと筆者は見ている。

なぜなら、コロナ禍やアメリカ大統領選などの陰に隠れがちだが、米公聴会でのGAFAへの反トラスト法違反疑惑の追求や、EUにおける各社へのタックスヘイブンによる税金逃れへの追求など、人びとの声に押される形で政治は次の流れの「入り口」に立ち始めているからだ。

少なくとも、データとそれが生み出す利益の再分配を、人びとが注視し始めているのは間違いないだろう。

 


■ データは相手の首根っこを掴む21世紀の「石油」

「データは新しい石油である」という言葉を耳にするようになったのはいつからだったろうか。改めてそれが示唆するものを考えてみよう。

20世紀、石油は、産業の基盤となる電力源の中心となり、さらに車や電車、飛行機などの人とモノの移動を司り、さらに化学繊維や農薬、プラスチックなどの原料としてさまざまな分野を牛耳った。

そんな社会においては、当然のごとく垂直統合型のビジネスモデルが幅を利かせ、「規模の経済」が完成していった。そして規模経済の源泉は石油となり、原油とその価格変動がビジネスの首根っこを掴むようになった。

 

 

そして21世紀の今、新たに君臨しているのがGAFAをはじめとしたデータ中心ビジネスだ。20世紀の石油に取って変わり、新しいビジネスモデルは情報とその解析の組み込みから生まれ続けており、その先頭を走る企業が巨大化を続けている。

データが、それを持たない企業の首根っこを掴むようになっているのだ。そしてその”油田”の中心から、世界の所得格差や社会格差の拡大は広がり続けている。タックスヘイブンやさまざまな手を駆使した、税金という社会の所得再配分システムを逃れることで。

 


■ 格差の広がりと再公営化の流れ

ここで、格差の広がりが近年どのような動きを引き起こしたかを見てみよう。シリーズその1で、以下のように書いた。

ここ20年、市場原理主義により拡大し続けてきた格差と、少なからずそれが引き起こした人口や資本の集中化、そして気候変動という現象に対する「新しい経済モデル」の在り方について、多くの方との対話や意見交換につながることを願っている。

 

 

市場原理主義は、低福祉低負担、自己責任をベースとした小さな政府を標榜し、多くの公共サービスや福祉が民営化されていった。その結果、公共・福祉の多くはひどく弱体化し、その一部は破綻した。

それが顕著に現れているのが、いわば都市集中の”供給源”とも呼べる「地方」だ。

日本はその国土の7割が傾斜地や山林からなる中山間地で、全人口の2割がそこに暮らしている。労働力不足、移動困難、医療難民、後継者不足、地域経済の消滅、コミュニティの消滅…。地方が、挙げていけばきりがないほどの困難に見舞われているのは周知のとおりだ。

 

 

それでは海外はどうだろう。上下水道やゴミの収集・処分、鉄道や郵便などの地域住民の生活を支えるサービスや事業が、小さな政府のかけ声のもとに弱体化してしまい、地域住民の生活を支えられなくなってしまったのは日本と同様だ。

違いは、そこからの復興にある。

フランスのパリ市やスペインのカタルーニャ地方、ドイツのベルリンなどでは水道水の再公営化が実施され、生活環境レベルの向上だけではなく、雇用の創出などによる地域経済の再興を進めている。ヨーロッパだけではない。電力や交通の再公営化がウルグアイやアルゼンチンなどのラテンアメリカで、インドや北米での教育や医療の再公営化なども進んでおり、多くの成功事例が次々と生まれている。

 

 

なお、こうした世界の再公営化の流れは国家よりも自治体主導型のものが多く、「ミュニシパリズム」と呼ばれるムーブメントとの結びつきも強い。

 

参考: 再公営化の最前線発表~アムステルダム市と「公共の力と未来」会議~(岸本聡子)

 

 

■ デジタル・レーニン主義アルゴリズムによる統治

上記の再公営化へとつながる流れと、データ中心ビジネスは直接的なつながりはない。だが「格差の広がり」が市民や自治体主導の取り組みを後押ししたことは間違いない。

そして今、データ経済の進展に伴い、「新たな油田」の近くで別の問題も広がりを見せている。それがアルゴリズムによる統治であり、その最たる例が「デジタル・レーニン主義」だ。

 

 

デジタル・レーニン主義は、共産党一党支配が続く中国をその震源地としている。概要をかいつまんで書くと、こういうことだ。

中国政府は、母体を中国に置く企業が有するあらゆるデータを、労なく手にすることができる。アリババ、テンセント、バイドゥなどに代表される多くの中国テクノロジー企業が、利便性や安全性を提供するという名目でプライバシーと自由を政府に手渡し、共産党政府の考える「人民としての正しい行い」を一緒に推進している。

 

 

なお、ここ数カ月話題となっているTikTokアメリカやインドでの活動停止やファーフェイ製品の締め出しも、根本にあるのは「母体を中国に置く企業へのデータ提供」のリスクである。すぐに頭に浮かぶのは国家安全保障だが、それ以外にも通商における悪用や、香港や台湾などの地政学的問題への濫用など、データを中国に握られることに脅威を感じるのは当然と言えるだろう。

そしてここでは中国の対アフリカ援助が伸び続けていることと、中国製のスマートフォンがアフリカ市場を席巻していることも付け加えておく。

 

 

もう一つ、中国とは無縁のアルゴリズムによる統治の話題を紹介する。今年5月、グーグルの親会社であるアルファベットが正式に開発計画の断念を発表した、トロントのスマートシティ計画だ。

詳細は下記の参考記事に譲るが、失敗の最も大きなポイントはコロナ禍における財政上の問題ではない。対象地区の当局者や地域住民たちの、民間企業の支配下に生活が置かれることへの不安が、プライバシーの商業利用と監視社会への恐怖がその中核にある。

つまり、アルゴリズムによる統治への不信だ。

 

参考: トロントのスマートシティ計画はなぜ失敗したか?――文明評論家・リフキンが示す、官民提携ビジネスモデルの課題

 

 

今後、ビジネスと地域統治の問題に直面することとなるだろう。

デジタル・レーニン主義は、震源地の中国からアフリカをはじめとした世界へと広がり続けている。

 

 

 

東京電機大学IBMによる「デジタル・ビレッジ・プラットフォーム」

シリーズ「先進テクノロジーが実現すべきビジネス」の最後に、筆者も関係しているDIYで地域課題解決をするためのデータ流通プラットフォームの取り組みを紹介する。

今年春、日本IBMは、東京電機大学(TDU)とエクスポリス合同会社と共に下記リリースを配信した。

 

地方創生の推進に向け、地域の取り組みを連携させるIT基盤の実証実験を開始 | データ流通プラットフォームと地域課題流通マーケットプレイスを構築 

 

 

行政と企業と大学や研究機関が協業した地方創生への取り組みは珍しくなく、この数年間に何度となく目にしてきた。だがこの取り組みの最大の注目ポイントは、地域住民が中心に置かれたDIY型であることだ。そして企業だけではなく、地域を応援したい個人が関係人口として持続的に仕組みに加われることにある。

課題解決ソリューションの開発や供給を行うデータ流通プラットフォームである「DVP(デジタル・ビレッジ・プラットフォーム)」には、産業構造や人口動態、地域の人の流れや消費などの官民ビッグデータを集約した地域経済分析システムである「RESAS(リーサス)」を、より使いやすくして組み込むことを検討している。

そして住民が日々「あったらいいな」と思うアプリケーションを、中学生でも開発し販売できるようなDMP(デジタルマーケットプレイス)をDVP上に設けて連動させようとしている。

 

 

これまで書いてきたように、筆者はテクノロジーが市民の方を向いたものとなっているか、企業や管理者の方を向いたものになっていないかに、特に注意を払っている。そんな中で、その土地に暮らす人びとの目線を大切にし、かつ関係人口増加や未来の住民となる可能性を広げるシステムがここまでデザインされたものを、筆者は他に知らない。

手前味噌ではあるが、IBM東京電機大学のこの取り組みには大きな可能性を感じている。詳しくは下記の記事をご覧いただきたい。

参考: 「自治体のDXを促進する地域課題の抽出、解決、運用のサイクルを支えるデータ流通プラットフォームの取り組み紹介」レポート

 

 

 

■ パートナーシップで目標を達成するために

3回にわたり先進テクノロジーが実現すべきビジネスを考察してきた。

そこから見えてきたのは、DXによりデジタルデータが一層その価値を高めていく中で、経済格差解消と地球環境悪化を防ぐための実践が、ビジネスの進め方と直結していること(直結していなければ市場からの退場を突きつけられること)であった。そして企業のデータ統治モデルが、地域や国家の統治モデルと強く結びついていく姿だった。

 

このデータやアルゴリズムを基盤としたAIの時代への変革を、ディストピア的な世界への始まりと感じつつもその流れに身を委ねるのか、あるいはこれまで解決できずにいた社会課題解決への扉が開き、市民社会と個人の生活をより良いものとするためのビジネスが栄える時代の始まりと認識し、積極的にその流れに関わっていくのか。

このシリーズをきっかけに、「目標17: パートナーシップで目標を達成しよう」という呼びかけに応え、共に社会課題解決に取り組む仲間が見つかれば冥利に尽きる。

 


ABOUT THE AUTHOR:
八木橋パチ(やぎはしぱち)

日本アイ・ビー・エムにて先進テクノロジーの社会実装を推進するコラボレーション・エナジャイザー。<#混ぜなきゃ危険>をキーワードに、人や組織をつなぎ混ぜ合わしている。
運用サイト: AI Applications Blog

 

 

某サイトに寄稿したものの、ボツになってしまいました…。そんなわけで、いつもとは違うトーンになっております。

Happy Collaboration!

ビジネス変革のすすめかた | 先進テクノロジーが実現すべきビジネス(その2)

オリジナルはこちら

 

前回は、社会課題と向きあわざるを得ない(向き合おうとしなければ退場を迫られる)現在の企業や組織を取り巻く環境を、COVID-19から市場原理主義SDGsからDX、共有価値創造といった多くのキーワードを用いながら説明した。

 

それでは具体的に、気候危機やSDGsに代表される社会課題の解決に、ビジネスをどうつなげればいいのか、そしてどうそれを拡大していけば良いのかを考察していこう。

既存ビジネスをそのままSDGsの17の目標にマッピングし、「社会に貢献するビジネスを行なっています」と統合レポートなどを通じて伝えたところで、これまでと同じことをしているだけなら課題が解決するわけははない。酷くなる流れを食い止めることにも、問題の進行スピードを遅くすることにも役立たないだろう。なぜなら、そのビジネス自体が問題発生に加担しているのだから。

 

前回、上のように書いた。

既存ビジネスをそのまま続けているだけというのは、課題を生み出す側、あるいは放置する側にいるということだ。市民からレッドカードを提示される日もそう遠くないだろう。

それでは、どのようにビジネスを変えていけば良いのだろうか。

方法は2つある。1つ目は既存ビジネスは進めつつも縮小していき、課題解決のための別ビジネスを推進するやり方。2つ目は既存ビジネスの在り方を変化させていくやり方だ。

どちらのやり方を取るにせよ、掴んでおくべき流れがいくつかある。順番に見ていこう。


グリーンニューディール | 既存ビジネスの縮小と新ビジネスの推進

グリーンニューディールという言葉を耳にする機会が増えてきた。捉え方や説明にいくらかのバラツキがあるものの、その中核は、環境保護とデジタル技術の活用を軸に据えた21世紀版の「ニューディール政策」(1930年代のアメリカで実施された、公共事業やインフラ整備への投資を中心とした政府の市場経済への積極的な関与)を意味する。

数年前からEU圏を中心に進んでいたグリーンニューディールだが、ここ1-2年でヨーロッパだけではなく韓国、そして(呼び名こそ違えど)中国での取り組みも本格化している(アメリカは、11月の選挙後の民主党の動きに注目だ)。

 

 

そして今、新型コロナウイルスに席巻された社会・経済動向を受けて、クリーンな自然環境を取り戻すためのビジネス施策や取り組みに対し、とりわけ手厚く支援を進めようという、「グリーンリカバリー」と呼ばれる動きも活発になっている。

限られた資金や公共投資額を最大限に活かすために、前述のグリーンニューディールにグリーンリカバリーを組み込み、冷え切った世界経済を復興していこうという動きが世界中で広がりを見せている。

 

 

分かりやすい具体的な動きとしては、フランス政府がエールフランスに対し、いくつかの短距離フライトの廃止を救済資金援助に条件付けたことが知られている。これはCO2排出割合の高い航空機を鉄道に代替することを求めたものだ。

今後、人びとの関心は再び「地球環境への負荷をいかに抑えるか」ということに向かっていくだろう。

 

今後も続く目に見える形の自然災害の大規模化と頻発化により、市民の意識変化をさらに加速していくだろう。そして市民の環境知性の向上と共に、グリーンビジネスへの転換、そのためのテクノロジー活用に対する要求は、行政にも企業にもより大きな声として聞こえてくるだろう。

とりわけ、ミレニアル世代とそれ以降の世代のSDGsやESGの認知率は年々高まっているが、驚かされるのはその知識ではなく、活動に対する強い共感と実行力だ。

具体的には、温暖化対策を行わない企業への投資抑制/引き上げを進める「ESG投資」の一層の拡がりや、環境負荷を抑える事業活動の実践を宣言する「RE100プロジェクト」への加入推奨などだ。

 

 


■ 第三次産業革命 | 既存ビジネスの縮小と新ビジネスの推進

産業革命の捉え方や区切り方にはいろいろな考え方があり、現在を第四次、あるいは第五次の革命の只中だと捉える人たちもいる。

だがここでは、経済や産業を支えるエンジンそのものである「動力基盤」に着目し、蒸気機関を第一次、化石燃料を第二次、そして再生可能な自然エネルギー(太陽、風力、水力、地熱など)への変換を第三次産業革命として話を進める。「脱炭素化」とも呼ばれているものだ。

 

 

そしてこの第三次産業革命は、動力基盤としての化石燃料の代表「石油」からの脱却を意味するだけではなく、さまざまな製品の原料(化学繊維、農薬、プラスチック、食品添加物、塗料、建築材、ゴム、防腐剤…etc.)としての石油への依存度合いをも大いに低めるものでもある。

なお、先ほどエールフランスの短距離ルート廃止の話を挙げたが、今後コロナ禍が落ち着き、ある程度海外との行き来が増えると、我われは再び「飛び恥」という言葉を思い出すことになるだろう(個人的には、水素を燃料として二酸化炭素を排出しないというエアバス社の航空機開発に大いに期待している)。

 

 

アメリカの経済社会学者ジェレミー・リフキンによれば、第三次産業革命のインパクトは、動力基盤と原料としての石油からの脱却だけにとどまらない。

現在、さまざまな領域で新たなビジネスを生み出しているIoT(Internet of Things)と、複数地域の再生可能エネルギーのマイクログリッド(分散型電源と送電網)がネットワーク化された「エネルギーインターネット」が、

 

複数地域の再生可能エネルギーのマイクログリッド(分散型電源と送電網)がネットワーク化された「エネルギーインターネット」となり、それが現在、さまざまな領域で新たなビジネスを生み出しているIoT(Internet of Things)とつながるというのだ。さらに、倉庫や物流システムの統合と自動運転などを組みあわせた「フィジカルインターネット(物流インターネット)」とも結びつくという。

こうして、IoTはInternet of Everythingとなり、「コミュニケーション」「エネルギー」「物流」コストが限りなくゼロに近づく「限界費用ゼロ社会」に到達するという。

 

限界費用ゼロ社会においては、ビジネスの在り方は激しく変化する。「規模の経済」の強みを最大限に活かした中央集権的で垂直統合型のビジネスモデル — いわば「金融資本にものを言わせて自己利益を追求するビジネスモデル」が幅を利かせる分野は減少していくだろう。なぜなら、エネルギー、物流、コミュニケーションのコストがゼロに近いところでは、「大資本」は強みにはならないからだ。

そしてジェレミー・リフキンは、従来に変わる新産業モデルの中心となるのは、「共有資源を活かして共益あるいは公益を追求するネットワーク型組織モデル」だと予言する。

そこでは、20世紀後半から離れていく一方だった「利益追及型の機能体組織であるゲゼルシャフト中心社会」と、「人のつながりを第一とする共同体組織であるゲマインシャフト中心社会」が近づいていき共存する社会へと向かうであろう。

ゲマインシャフトゲゼルシャフトは19世紀にドイツの社会学者テンニースが提唱した社会を表す対立概念。図は少々乱暴ではあるが、筆者がわかりやすく対比させたもの。)


■ 格差拡大から調和に近づく共有型競争へ | 既存ビジネスの在り方の変化

第三次産業革命がどの程度実現するかは未知数だ。だが、前述のグリーンニューディールはその方向性に沿って進んでいると言えるだろう。
そして何よりも、悪化を続ける気候変動と経済的不平等への危機感は世界中で日増しに強くなり続けている。少なくとも、従来通りのビジネス環境と社会環境が今後も続くと考えているビジネスパーソンは、(ポジショントーク的な公的発言を除けば)もはやかなり少数だろう。

そしてこの流れを後押ししている中心層が、これからの時代の中核を担うミレニアルとそれに続くZ世代だ。

 

 

日本では逆ピラミッド型の人口構造によりその動きが一見目につきづらいが、すでに世界ではミレニアル世代の発信をいかに取り入れていくかが政治の動きの中心となりつつあり、経済もそれを追っている。

そして彼らの思考の根幹にあり、意思表明や行動の中心にあるのが気候危機と経済的不平等拡大の問題であり、そうした社会課題への取り組みだ。

 

 

格差と気候という2つの問題が深刻化していった時期が、1981年以降に生まれたミレニアル世代たちが多感な時期を過ごした20世紀の終わり頃と同期しているのは偶然ではない。

なぜなら、1990年代の後半にグローバリゼーションを経済・政治面から強力に後押しするWTO世界貿易機関)が創設されて世界的な自由貿易が本格化した時期と、世界の超富裕層がその資産を大幅に増やすのと同時に各国で貧困層が増え「極端な経済的不平等」が可視化されていったのも同じ時期なのだ。

なお、世界の二酸化炭素排出量も、自由貿易体制の広がりとほぼ同期して加速している。

彼らは、社会が変化していく様を、訴えるすべを持たぬまま観てきた。そして今、その後始末を一方的に押し付けられることにNoと声を挙げているのだ。

 

 

ミレニアル世代やZ世代は、その多くが自分たちの世代に大量の負の遺産を残し続けている根本原因が、現在の利益追及型のゲゼルシャフトが幅を利かせすぎているせいであることを知っている。そしてこのままでは、格差社会地球温暖化の拡がりをストップする変化を起こせないことを理解している。

若い世代ほど消費・行動様式が購入や所有ではなく、サブスクリプションや共有へと向かうのは必然だ。この流れの先には、「勝者総取り」の強欲的資本主義から、共有型を織り込んだ共益/公益追求型資本主義への変化があるのではないだろうか。

 

 


■ 地球環境と人類の未来から歓迎されるビジネスへ

既存ビジネスの中で残すべきものも、新たにスタートするビジネスも、環境的にも倫理的にもクリーンなものが求められている。

それは現在地上に存在している人間だけではなく、「地球環境と未来の人類」という重要なステークホルダーからも歓迎されるビジネスでなければならない。

そうでなければ、文字通り、ビジネスの未来も人類の未来も暗いものになるから。


 

次回は、ゲゼルシャフトゲマインシャフトを近づけ共存させるためのアプローチと、それを考える上で重要な要素となるデジタルデータの占有と共有という視座から、未来のテクノロジーとビジネスを考える。

 

 

ABOUT THE AUTHOR:
八木橋パチ(やぎはしぱち)

日本アイ・ビー・エムにて先進テクノロジーの社会実装を推進するコラボレーション・エナジャイザー。<#混ぜなきゃ危険>をキーワードに、人や組織をつなぎ混ぜ合わしている。
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某サイトに寄稿したものの、ボツになってしまいました…。そんなわけで、いつもとは違うトーンになっております。

Happy Collaboration!

気候危機とSDGs | 先進テクノロジーが実現すべきビジネス(その1)

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2020年、人類のほとんどが予測していなかった形で、世界中の人びとの暮らしが大きく変化した。これが一時的なもので元に戻るのか、あるいは新たな社会へとつながっていくのか…さまざまな組織や機関が独自の視点から未来予測を語っているが、ひねくれ度合いと天邪鬼さが過ぎるせいか、筆者にはあまりしっくりくるものはない。

特に、ビジネス界隈で語られているものは、そのほとんどが「直線型経済発展(採取-生産-消費-廃棄)」をいまだに前提とし、その延長線上に未来があるとして描かれており、「そこで生みだされてきた社会課題がより浮き彫りにされたのがCOVID-19なのに、なぜ?」と思わずにいられない。

 

これから数回にわたり書こうと思っているのは、目の前に鮮明に浮かび上がっている現代社会が抱えている問題に対し、どんな意思と方法で行動を取っていけば良いのだろうか? AIやIoT、5Gやエッジコンピューティングなど、先進テクノロジーが生活を支援するサービスやプロダクトの基盤となっていく中で、人びとがより暮らしやすく、持続的な幸福感を持って生活できる社会へとつなげていくために、ビジネスはどう進化していくべきだろうか?

— そんな問いに対する、筆者なりの現状における答えである。IT業界に身を置きながらも、テクノロジーではなく人間にアプローチし続けてきた者として、そこから見えているものや考えさせられることを示しておくことにも、いくらかの意味があろうことを期待し考察してみる。

そしてここ20年、市場原理主義により拡大し続けてきた格差と、少なからずそれが引き起こした人口や資本の集中化、そして気候変動という現象に対する「新しい経済モデル」の在り方について、多くの方との対話や意見交換につながることを願っている。


■ 2030年までに人からも地球からも搾取しないビジネスを

新型コロナウイルスはたしかに世界を一変した。だが、パンデミックにより目を逸らそうが逸らすまいが、それ以前から目前に突きつけられていた課題は何一つ変わらずそのままそこに残っている。いや、実際には、この数カ月間は課題をより深刻にし、残された時間をさらに短くしてしまった。

皆さんは覚えているだろうか。2020年初頭まで、政界や経済界の地球温暖化に対する取り組みが不十分だと、若者を中心としたグローバル気候デモやマーチがヨーロッパから世界へと広がり続けていたことを。その背景には、「もはや気候変動ではなく気候危機である」と誰もが実感できる大きな気候災害が世界で頻発するようになっていたことを。

 

 

それだけを対象としたものではないが、全人類的な問題に対して包括的に取り組もうというのが、2015年に国連サミットで採択された2030年までに達成すべき17の目標SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)だ。

日本のビジネスパーソンのほとんどが、日本を代表する経済人や政治家が、SDGsの17のゴールを彩った鮮やかなピンバッジを胸にした姿を何度となく目にしているだろう。

では、実際にご自身がお勤めの企業や組織、あるいは取引先の企業や団体で、SDGsの中心理念である「誰ひとり取り残さない(Leave no one behind)」を実現するためのビジネスの実践を目にしている方はどれくらいいるだろうか?

 

 

誰ひとり取り残さないためには、人口や資本の集中化、そして気候危機のしわ寄せを誰かに被せるわけにはいかない。そのためには、人びとの環境知性を向上させることで自然環境のダメージを減少させる行動へとつなげ、「人からの搾取」「地球からの搾取」に頼らないビジネスを実践する必要がある。

果たして、「2030年までに」という危機感を持ってそれを実践しようとしている企業が、一体どれだけあるのだろうか?

illustrated by Johan Rockstorm and Pavan Sukhdev
出典:Stockholm Resilience Centre

SDGsの17の目標は、大きく分けると「環境」「社会」「経済」の3層から成っており、「SDGsウェディングケーキモデル」と呼ばれている。その考え方は、生物が暮らせる大気、水、土壌などの環境基盤があり、その上に健康や教育、平等や都市などの社会の土台が乗り、そこで初めて事業の成長や技術革新という経済が成り立つというものだ。

世界各国がこの考え方に則り進めていかなければ、どこかの誰かが犠牲となり食い物とされる。そこで生まれる経済格差は、VUCAとも呼ばれる社会経済環境の予測不可能性をより一層強める。

「誰ひとり取り残さない」という中心概念は、どこか遠い世界の誰かのためではなく、より良い世界でより良い市民としてより良く暮らしたい私たち一人ひとりのためにあるのだ。


■ そもそもビジネスとは誰かの課題を解決するもの。だが…

「そもそもビジネスというのは誰かの課題を解決するものであり、ビジネス規模が大きくなれば、解決する課題も同じように大きくなる。すなわち、既存ビジネス自体は既になんらかの社会課題を解決しているのだ。」

— こうした言葉を耳にすることは少なくない。だが残念ながら、これは現実からはかけ離れている。なぜなら、現在私たちの身の回りで巨大化し続けている社会課題のほとんどが、既存ビジネスの発展から生まれてきているのだ。とりわけ、そのスピードは1990年代後半の市場原理主義の加速とほぼ同期して増している。

 

 

既存ビジネスをそのままSDGsの17の目標にマッピングし、「社会に貢献するビジネスを行なっています」と統合レポートなどを通じて伝えたところで、これまでと同じことをしているだけなら課題が解決するわけははない。酷くなる流れを食い止めることにも、問題の進行スピードを遅くすることにも役立たないだろう。なぜなら、そのビジネス自体が問題発生に加担しているのだから。

「私たちのビジネスは違う!」という人もいるだろう。ただそのビジネスは、目の前に差し迫りつつある課題を止める、あるいは弱めているだろうか? もはや「悪化させてはいないんだからいいだろう」という状況ではない。それが「課題山積社会」を作り上げてしまったのだから。


■ デジタル・トランスフォーメーションとCSV

前段がすっかり長くなってしまったが、言いたいことは非常にシンプルだ。

「2025年の崖」というバズワードを生み出した経済産業省の通称「DXレポート」以降、営利組織にとってデジタル・トランスフォーメーションや先進テクノロジーの導入は、もはややって当然で、「やらなければ生き残れない」と考えられるようになった。

だが、なぜやらなければ生き残れないのか。それが十分理解されていないのではないだろうか。

 

 

DXは、ビジネスの世界で生き残るための免罪符ではない。

DXは「現代へのアップデート」であり、その中心は企業ではなく社会だ。生活にデジタルがしっかりと組み込まれ、社会基盤となるのだから、企業もそれにアジャストするのは当然だ。だがそこからさらに一歩踏み込み、企業は時代の要請に追いつくためだけではなく、社会モデル変革の一旦を担える存在へと変革しなければならない。

なぜなら、先進テクノロジーは、新たな価値づくりという目的を達成するための道具に過ぎず、市民は、その目線で企業を評価するようになってきているからだ。

 

組織は、その道具を用いて市民が求める新たな価値を、市民と共に作り上げていかなければならない。

生活の足元を支える環境も経済もボロボロと崩れ落ち始めていて、それに対してアクションを取ろうとする組織が支援され、アクションを取らない者は退場を迫られる。2011年に経営学マイケル・ポーターが提唱した「共有価値の創造 (CSV: Creating Shared Value)」が、いよいよ本格化していく時代となったのだ。

 

 

「それは日本ではまだまだ先のこと」 — そんな風に考える人もいるかもしれない。

しかし経済的にも社会的にも多くの面を諸外国とのバランスで成り立たせている日本社会は、むしろその影響を早く受けるであろう。

 

 


 

次回は「グリーンニューディール」と「第三次産業革命」というキーワード、そして「格差を広げる独占から、調和に近づく共有型競争へ」という視座から、今後のテクノロジーとビジネスの関係性を見ていく。

 

 

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八木橋パチ(やぎはしぱち)

日本アイ・ビー・エムにて先進テクノロジーの社会実装を推進するコラボレーション・エナジャイザー。<#混ぜなきゃ危険>をキーワードに、人や組織をつなぎ混ぜ合わしている。
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某サイトに寄稿したものの、ボツになってしまいました…。そんなわけで、いつもとは違うトーンになっております。

Happy Collaboration!

都会型の会話と田舎型の会話

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「すき間時間がなくなった」って声をよく耳にするようになりました。それからちょっとした雑談もずいぶん減ってしまったって。COVIDの関係で、オンラインでの活動が増えたり必要時以外に口を開くことがためらわれたり。

 

 

乗り合わせたエレベーターで近況報告。打ち合わせと打ち合わせの間の短い移動時間での会話。ランチで隣のテーブルから聞こえてくる世間話。

こういうオフラインでのつながりの確認とか、偶発的な出会いがなくなったことって、意識していないとなかなか埋め合わせられないですよね。そもそも、失ったことにすら気づかなかったままになっちゃうこともあるし。

人によっては「無駄が省けて効率的になった!」って、キラキラした目につきやすい側だけを見て終わらせてしまったり。

 

 

おれもずいぶん長いこと「オンラインだけのコミュニケーション」をしているうちに、自分にもそんな時間の使い方が染み込んじゃっていたことに気がつきました。

「わざわざ人に直接会う」のなら、なんらかの意義が欲しいとか、そこで価値を生み出したいとか。

…昔からそういう傾向はあったけど、それが強くなったような気がします。

 

 

唐突ですが、おれは「都会型の会話のしかたをする人」です。

あなたはどうですか? 「都会型の会話のしかた」をしますか。それとも「田舎型の会話のしかた」をしますか?

自分の周りをぐるりと見渡す限り、俺の周りはほとんどみんな「都会型の会話のしかた」をしている人ばかりな気がします。

 

…「都会型の会話のしかた」って何だろうって気になりますよね…こんな感じです。

 

ますます分かりづらくしちゃったかな?

シンプルに表現すれば、会話を通じてものごとを進めるたがるのが都会型の会話のしかたで、その場に止まり気持ちを受け止めるのが田舎型の会話のしかただ。

「関係性を深めるための会話のしかた」という言い方もできそうだ。関係性を深めれば、急がなくても自然とものごとは進む、と。

 

 

僕たちは、本当はもっとじっくりこの場にとどまり、そんなに急がせず、ゆっくりと話が発酵していくのを待つべきなのかもしれない。

指で突ついたりちょっかい出したりせず、膨らんでくるのをゆっくりと待って。

せめて、もう少しだけでも寝かせてみることを意識するようにしてみてもいいのかも。

 

 

とは言え、日々は忙しく時間は1日たったの24時間だ。

必要性も意味も効率も情報も、「そんなの関係ない」と言ってられる時間はそんなにない。

…でも、「そんなにない」のと「まったくない」は大違いだ。

少しだけでもいいから、そういう時間を持とう。本当に何もかも急がなきゃいけないんだっけ?

 

Happy Collaboration!

いつか宇宙に吸い込まれたりしないかしら? | ありがとうおふくろ

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先週、おふくろが亡くなりました。

「調子がかなり悪くなっているらしい。今週か来週顔を見に行こう。ひょっとしたらこれが意識があるうちの最後の顔合わせになるかも?」という話をお姉ちゃんとして、「じゃあ明日、施設に電話して弘前行きの日程決めよう」なんて話をしたのが先週の月曜、9月7日の夜でした。

翌朝8日の8時過ぎに、叔父から「残念だけど…」と電話をもらいました。

 

 

無念。

…なんだけど、思っていたほどひどく打ちひしがれる感じではないです。その日から2〜3日はやっぱり悲しくて悲してく、ちょっとしたきっかけでおふくろのことを思い出し涙が出てきていたんだけれど、今はかなり冷静に思い出せるようになりました。

まだ思い出す内容によっては涙が出てくることもあるけど、むしろ「悲しい」という気持ちより「ありがとう」という気持ちの方が前に出てきます。おかげで思い出すと、笑顔になることが多くなってきたんじゃないかな。

 

 

 

おふくろは、お金と酒にはちょっとだらしないところのある時代もあったけど、それで誰かに大きな迷惑をかけることはなかったと思います。…いや、数年に1回くらいはあったかも? ww

でもそれを補って余りあるくらい笑顔(それも大爆笑の)や優しい気持ちや、なにか大切なものを与えてくれる人でした。

 

 

おれは本当にたくさんおふくろから貰いました。それはもう本当にたくさん。たくさんの宝物を。

これは多分、おれやかみさん、お姉ちゃん夫婦、そして親類やこれまでに出会ってきたたくさんの人も同じなんじゃないかな? 息子として、すごく誇らしいです。

おれもおふくろのように与えられる人になりたいです。タイプは相当違うけれども。

 

 

 

今回、おふくろの元に着いた8日から、簡易な葬儀を済ませた11日まで、お姉ちゃんと話をする時間がいっぱいありお互いが思い出したことをいろいろと伝えあいました。

その中からいくつか「そう言えば…!」と思ったことがあったので、ここに書いておきます。

 

おれが小学生低学年のとき、2度ほど「おれの知らない人」が家に数泊していくことがありました。誰なのかを両親に尋ねると、昔住んでいた街のご近所さんとのこと。

当時、うちは狭い団地に3〜4人暮らし(親父は同居している時期と別居している時期があった)で、決してスペースに余裕があった訳ではなかったし、お金もどうにかこうにかやりくりして暮らしていたけれど、「知らない人」にはお客様用の布団に寝てもらい、食事を提供して一緒に食卓を囲んでいた。

…と、ここまではおれも覚えていました。でも、お姉ちゃんに聞いて知ったのは、その人の「お金を貸して欲しい」というお願いに、おふくろがきっぱり「No」と答えていたらしいこと。

 

「食事も寝床も少しくらい融通してあげられるけど、お金は貸せません」。
— 貸せる現金が手元になかっただけかもしれないけど、それでも「そこはしっかりしているんだな」とお姉ちゃんは感心したって。

おれもその話を聞いて感心した。そして「数年の近所付き合い」であっても、そこまで大事にできることにも感心しました。時代が違うとはいえ、そこまで縁を大事にできていないな。

 

 

同じ頃、おふくろとお姉ちゃんと3人で、近所の犢橋貝塚公園で一晩中流れ星を見ながら過ごしたことがありました。多分、これも数回あった気がする。外で一晩過ごせる時期に「なんとか流星群」が来ると行ってたのかな?

ゴザひいて、タオルケット持って(おれが子どもの頃は「ブランケット」なんておしゃれなものは無かったのよ)、枕持って、ゴロッと芝生の上に横になって、一晩中流れ星を探してはお願いする。いろいろおしゃべりしながら。

「眠くならないように」って、ポットにコーヒーを入れて持って行った気がする。おれはたいてい夜中にうつらうつらして、明け方明るくなるまで起きていたことはなかったかも。はて、おれは何をお願いしていたのだろう?

 

お姉ちゃんによると、おふくろは星空を眺めながら「宇宙って不思議よね。難しいことは分からないけど、こうやって見てたら、いつか宇宙に吸い込まれたりしないかしら?」みたいなことを目をキラキラさせながら言っていたらしいです。

そういう人でした。

 

おふくろにはおもしろおかしい話も一杯あって。

プロボクサーと付き合ってたけど、減量が始まるとデートでも水しか飲まないのでつまらなかったって話。

トルコ風呂がどんなところか知りたくてお店に行き、初の女性客として驚かれたけど、すっかり働いている人と仲良くなった話。

他にも、なかなかここには書きづらい話もあるな。

 

 

それから超本気でどやしつけられたことも何度かあった。小さな頃1度、馬乗りになって叩かれたこともあったっけ。

あれはおれが外で、xxxxxにマッチで火を付けて遊んでたとき。どこで話を聞いたのか、それともたまたま通りがかったのか、その姿を見つけると吹っ飛んできて、馬乗りになって火遊びがどれだけ危ないことか、人の命を奪う可能性があるかを大声で聞かされた。そしてふてくされて黙るおれが「もう2度としません」と言うまで両手を強く押さえつけられた。

これはずいぶんと昔に書いたろくな大人と同じ頃だったのかな? それよりもう数年前だったか…?

 

 

ちょうど20年前、おれはかみさん(ってまだ結婚はしていなかったけど)とワーキングホリデーでバンクーバーに行きそこで1年暮らし、日本に帰る前にひと月ほどかけてアメリカをぐるっと旅行してた。帰国まで残り10日ほどになった頃、お姉ちゃんからメールが届き、そこにはおふくろが脳溢血で倒れて助かるかどうかは分からないと書かれていた。

あのとき、おれはものすごく(多分、今回以上に)大泣きして、いろいろ考えたけれど結局日本には帰らず、そのままアメリカ旅行の残りを楽しむことにした。

理由は…いくつかのことが複雑に絡まっていてうまく言語化できないけれど、簡単に言えば「急いで帰ることで何か変わるものがあるとしたら、それはおれの気持ちだけだ」とそのとき思ったから。それに嘆き悲しみに暮れるのであれば、かみさんしか周りにいないアメリカの方がいいと、そのときのおれは思ったんだよね…。

結局旅行を続けてそれなりに楽しみながら、嫌な知らせが届いていないことを祈りながら宿に帰ってeメールを開いていた。あの頃、海外でもやりとりできるケータイなんてなかったからね。

 

 

あのとき一度、おふくろの死を決定的に覚悟して過ごしたことが、今回、自分でも意外なほど素直な気持ちでそれを受け入れられていることにつながっているのかなって思う。

おれの人生をおもしろくしてくれてありがとうおふくろ。これからもニコニコしながら思い出すね。ありがとう!!

 

Happy Collaboration!

ソーシャルクリエイターとソーシャルビジネス


先週、「社会課題に気づき解決するための思考力を養い、ポジティブな危機意識を持って行動するソーシャルクリエイターを、2030年までに100万人くらいに増やしたい」とブログに書きました。

参考: CCDLab.エナジャイザーになりました

 

ここ数カ月、幾度か「ソーシャルクリエイターとは?」と考えてきました。

「ソーシャルってなんだろう? ソーシャルは『状態』なのか『マインド』なのか? …なにがソーシャルでなにがソーシャルではないのか?」とか、「クリエイターだからクリエイションするんだよね? …デザインやエンジニアリングとは何が違うんだろうか?」とか、そんなことをつらつらと考えきました。

でも先週ブログに書いたあと、「じゃあ誰がソーシャルクリエイターで、誰がソーシャルクリエイターじゃないのか? 自分がそれを名乗るとき、どこに違和感を感じるのか? おふくろに『それなあに?』って聞かれたら、なんて答えるのか?」と、より具体的に、その姿を自分の中でビビッドにしていこうとしていました。

 

これまで書いてきた問いに、自分の中でしっくりくる答えが固まってきた一昨日、愛する旧中川沿いを散歩している途中にふっと思い出しました。そういえば5年くらい前、「ソーシャル・ビジネス憲章 (アルファ版)」を作ったなぁと。

あの時も、はっきりとしないもやもやを一度言語化することで、実践につなげて行こうとしていました。作成後しばらくは機会を見つけては人びとに伝え、実践を呼びかけていたけれど、ここ何年かはすっかりその存在を忘れていました…。

 

家に帰り、さっそく昔のブログを見てみました。

「ソーシャル・ビジネスとは」という書き出しで、その定義を5つの宣言にしていました。
そして「ソーシャル・ビジネスの実践とは」という書き出しで、その在り方を4つの説明文にしていました。

参考: ソーシャル・ビジネス憲章 (アルファ版)

 

どれも、今読んでも、自分なりに納得のいくものでした。

当時の「オンライン・ソーシャルツール推進者」という当時の自分の役割を強く意識したものではあるけれど、そこには地続きにより良い社会へとつながる道があると確信して書いたし、今もそれに関して揺らぐ点はまったくありません。

定義と在り方の中から、それぞれ1つづつ選んでみました。

 

・ ソーシャル・ビジネスとは、対話、発信、共有、共感、摩擦などのコミュニケーションやコラボレーションから、自身が周囲や組織と共に成長していくプロセスである。

・ ソーシャル・ビジネスの実践とは、多様性を発揮する個人をイノベーションのエンジンとし、コラボレーションでその価値とインパクトを最大化し、世界をより良くしていくことである。

 

一単語だけ入れ替えてみました。

・ ソーシャルクリエイションとは、対話、発信、共有、共感、摩擦などのコミュニケーションやコラボレーションから、自身が周囲や組織と共に成長していくプロセスである。

・ ソーシャルクリエイションの実践とは、多様性を発揮する個人をイノベーションのエンジンとし、コラボレーションでその価値とインパクトを最大化し、世界をより良くしていくことである。

 

どうやら、おれにとっての「ソーシャルクリエイターとは?」という問いへの答えは、5年前からほぼ変わっていないようです。


 

2年前にBespokeの『Book of futures』を読み、「日本語にしてみんなにも伝えたい!」と思って最初に日本語に訳したのが、たしかこの[Actualize the future] = 「未来を顕在化する」というページでした。

未来をデザインするとは、行動可能領域を拡大することです。自分たちと自組織が取り得る新しい戦略を築くことであり、現状変化に向けて一石を投じることです。
フューチャーデザイナーとは、変化の担い手なのです。

未来の可能性を未来の現実にするとは、リーダーシップの発揮であり、自らと周囲に影響を与えて行動を起こさせることを意味します。
人びとがどのようにシナリオを体験し、どのようにそれを受け止めたかが、彼らの関与を決定付けます。

フューチャーデザイナーは、刺激を受けるべき対象グループが確実に刺激を受けるよう、そして情報を理解すべき対象グループが確実に情報を理解できるよう、シナリオのコミュニケーション方法を調整しなくてはなりません。

参考: 未来を顕在化する– ブック・オブ・フューチャーズ (Bespokeの『Book of Futures』日本語訳)

 

フューチャーデザイナーは、変化に向けて一石を投じる人であって、自らと周囲に影響を与え行動を起こさせる人です。そして未来からのシナリオを、人びとの行動そして社会がより良い方へと進むように、コミュニケーションを調整し続ける人です。

10年以上前、難しいことはあまり考えずに「コラボレーション・エナジャイザー」を自分で名乗りました。

そしてフューチャーデザイナーの自分なりの形がそれになっていったように、自分なりのソーシャルクリエイターが形作られていくのかなという気がしています。

 

みんなと一緒に作りたい未来につながりそうな一石をじゃんじゃん投じて、波紋に波紋をぶつけて遠くまで拡げていきたいです。

それがきっと、担い手を増やしてエネルギーを増幅させていくことになると思うから。それがおれなりのクリエイションじゃないかなって感じています。

Happy Collaboration!

CCDLab.エナジャイザーになりました

オリジナルはこちら

 

去年一昨年と、春〜夏にかけてコペンハーゲンからBespokeに来日してもらい、フューチャーズデザインのワークショップを一緒にやっていたのですが、今年はコロナもあってそうもいかず…。

とは言え、いつまでも状況の変化をただただ待ち続けてはいられません。

5月に参加者としてオンライン「Futures Design Camp」に参加後、日本でのオンライン版の開催についてBespokeと打ち合わせを重ね、まずはメンバーズの社員に向けてフューチャーズデザイン・ワークショップをシリーズで実施することとなりました。

来日できない彼らにはビデオで登場いただき、日本でこれまでも一緒にワークショップをやってきた我有さんと原さんとおれの3人でファシリテーションを行います。

第一回目は明日! はたしてどんな場になるか…楽しみです。

 

細かい内容はまだ内緒ですが、ウォーミングアップを兼ねて作成した何枚かのスキャンカードをアップします(スキャンカードの作成には、Bespoke Horizonという彼らのオリジナルアプリを使いました)。

スキャンカードとは、「未来の兆し」を内在する現在の出来事を1枚のカードに落とし込んだもので、その集合体であるスキャンマップが欲しい未来へのシナリオ作りの基盤となります。

参考: シグナルをスキャンする – ブック・オブ・フューチャーズ (Bespokeの『Book of Futures』日本語訳)


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9月中に4回の「Futures of Social Creator(ソーシャルクリエイターの未来)」セッションを実施した後は、同テーマでメンバーズ社外にも展開しようと考えてます。お楽しみに!


 

ところで先日、メンバーズ運営の学びのプラットフォーム「CCDLab.(Co-Creation Digital Lab.)」のエナジャイザーに就任しました。

先週、7月終わり頃に開催した1回目のセッションレポート『社会課題をクリエイティブで解決するには? オンライントークセッション開催レポート 第1回「身近な“学校制服”をテーマに、どうしたらクリエイティブで解決できるのか?」』が公開されています。良かったら見てね。

社会課題に気づき解決するための思考力を養い、ポジティブな危機意識を持って行動するソーシャルクリエイターを、2030年までに100万人くらいに増やしたいとおれは思っていて、そのお手伝いができるステキな機会を頂けました。

みんなにがっつりエネルギーを充填したいなって思っているので、応援よろしくお願いします。

Happy Collaboration!