Pachi's Blog Annex ~自薦&自選よりぬき~

『Pachi -the Collaboration Energizer-』の中から自分でも気に入っているエントリーを厳選してお届けします♪

映画『僕が跳びはねる理由』とThe Reason We Need to Jump out

僕が跳びはねる理由』(監督: ジェリー・ロスウェル)という映画を観てきました(コロナ後、初めての映画館でした)。

客席は1割も埋まっていなかったかな? 上映開始後2日目の土曜日でこの「入り」だったので、先行きはちょっと怪しいかも? 早めに観ておかないと、気づけば上映終了してた…なんてこともあるかもしれません。

そんなわけで、応援の気持ちを込めて昨日からずっと頭の中をぐるぐるしていることの一部を言葉にしてみました。

https://www.youtube.com/watch?v=ZQS1NR_AWfQ

 

『僕が跳びはねる理由』は、自閉症当事者と家族の外面と内面を、映像と音、それから原作「The Reason I Jump」のナレーションで描いていく、一風変わったドキュメンタリー映画です。

原作のオリジナル(?)は日本語の『自閉症の僕が跳びはねる理由』という、自閉症当事者の東田直樹さんが13歳だったときに書いた本で、映画はその翻訳本に救われたという翻訳家家族(息子さんが自閉症当事者)と、世界各地の当事者と家族たちの断片を切り取り、私たちに見せてくれます。

 

https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/about.html

 

おれは知らなかった。…ちゃんと考えたことがこれまでありませんでした。

自閉症当事者は、言葉も思考も意思も持っている。ただ、それを言葉として発せられないだけだということを。

当事者自身が、そのことに悩み苦しんでいる。自分、家族、社会との関係それぞれに苦しんでいるということを。

 

 

自閉症当事者は、物事を認識したり、記憶とのやり取りをしたりする手段や方法論が異なっているだけだということを。

その違いを乗り越えて、周囲や社会が求めるスピード感や常識にあわせようとしてうまくいかないと、パニックとなって現れることを。

はたして、こうしたことを、どれだけの人が知っているのだろう? 理解して受け止めているのだろう?

 

 

この事実がすべての当事者に当てはまるのかどうかは、おれには分かりません。
中には、当てはまらない人もいるのかもしれません。

ただそれでも、少なくともおれの場合は「すべての人に当てはまるのではないか」と考えた方がいいのは間違いなさそうです。なぜなら、おれは想像力に乏しく、短絡的にすぐに結論を求めたり、類型化したくなる人間の代表格だからです。みんなはどうかな?

 

https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/

 

西アフリカのシエラレオネで、当事者と共に苦しむ母親の姿が映し出される。

「その子は悪魔だ。森の奥深くに隠せ。川の中に捨ててこい。」と、コミュニティーから迫られると泣く姿が。

ナレーションは言う。世界では未だに自閉症当事者は悪魔と結び付けられることが珍しくないと。

日本でも、座敷牢(私宅監置: 精神病者を自宅に監禁する制度)が違法となったのは70年前で、おそらくはそれすら叶わない(?)現実がおそらくはごまんとあったのだろう。今だって、物理的なそれがなくなっただけに過ぎないのではないか。

 

 

当事者の親が言葉を詰まらせながら言う。未来を考えるのは恐ろしいと。自分たちの死後子どもがどうなるかを考えると…未来が怖いと。

そんな未来をつくっているのはおれたちだ。

 

 

いろんな意味でとても乱暴な言い草だと自覚はしている。でも言おう。極端があるからこそ、中央が「やさしい位置」になれるのだ。

人間は統計学だけでもマーケティングだけでも測れる訳がない。だから「外れ値だから」って存在しないことにして良いわけない。

でも、そんな当たり前のことを忘れて、外れ値を除外して作った「AI学習モデル」をあらゆる局面に当てはめていってしまったら、中央もその周辺もどんどん薄く細くなっていっていき、人びとはどんどん「きびしい位置」に追いやられていく。次は…誰の番だろう?

 

 

映画は問いかけてくる。
深く遠く。それが広がれば広がるほど、やさしい位置も広がっていく。

 

 

Happy Collaboration!

『企業変革を牽引する新世代リーダー ダイナモ人を呼び起こせ』読書メモ

オリジナルはこちら


「大企業に残っている希少なダイナモ人の1人であるパチさんへ」という言葉と共に、著者(知識創造プリンシプルコンソーシアム)陣のお一人である荻原さんから献本いただきました。

照れくさいけど嬉しいな!

 

…しかし、読み進めていくうちに段々と「いや、おれは本当にダイナモ人だろうか。もはや違うのではないか?」と何度か自問自答していました。

でも結論を書くと、おれは今もダイナモ人です。

ただ、大きなピボットをしたことで昔ほどその活動が分りやすくなくなっていて、それ自体に対してまだ自分のなかで若干不慣れところが残っていて、今も出力先と出力方法のチューンナップを続けているところ。といったところだという自己認識です。

 


 

さて、本のタイトルにもなっている「ダイナモ人」とはなんでしょう。

本の中から引用してみます。(なお、このメモの最後に「9つのダイナモの行動様式」も引用しておきます。詳しく知りたい方はそちらも見てください)。

 

ナレッジ・ワーカーであり、企業家精神を持ち、顧客や社会の課題に取り組むことを通じて、本気で自分と自社を革新する人

企業変革を牽引する新世代リーダー ダイナモ人を呼び起こせ』より

 

 

まあ大体の想像はつきますよね。

ところで、ダイナモと聞くと、おれは真っ先にサッカーが頭に浮かびます。

ダーヴィッツ、北澤、ジェラード…。はたして、どれくらいの人がこれらの選手を知っているでしょうか?

 

「中盤のダイナモ」 — 豊富な運動量を持ち、攻守に幅広く動き回りチームを鼓舞しその原動力となる選手。

 

いつからか、サッカー界ではダイナモという言葉はあまり使われなくなりました。平成時代にサッカーを観ていた人たちじゃないと、「中盤のダイナモ」って聞いた覚えがないかもしれないですね。

ファンタジスタなんて言葉もそうかな?

 


 

…と、少し懐かしいサッカー用語について書いたのには、ちょっとした意味があります。

それは、個人的にこの本がどこか、平成や昭和を思わせる本だったからです。

読んでいて、経営層や管理職向け、あるいはミレニアルズよりも上の世代向けという感じがしてなりませんでした。

 

 

ただそうは言っても、書かれている内容が懐古主義的だとか古臭いとかそういう意味ではありません。

むしろ、現在の社会情勢を相当な叡智で捉えているし、言及・参照される経営手法や取り組みなども日本ではまだあまり知られていない最先端のものばかりです。

例えば…

 

・ 日本の経団連に相当する、米主要企業の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルの「株主第一主義」から「持続可能性を重視した資本主義」への転換宣言

・ フランスの利益以外の目標を達成する責任を負う「使命を果たす会社」形態を認める新法制定

・ 営利組織が母体となった非営利イノベーションセンター「LEO Innovation lab」や、デンマーク・デザイン・センターの新卒学生向けスタートアップ支援プログラム「Innofounder」、個人の成長と事業を通じたポジティブな社会変革を目的とし“世界で最も刺激的なビジネススクールと呼ばれている「Kaospilot

 

 

これらの他にもB Corporation(B-Corp)やリビングラボ、ティール組織、デザイン思考からアート思考へなどなど、ここ1-2年よく耳にする取り組みのそのキモを踏まえた分析が書かれています。

でも、それらはあくまでも添え物。

この本には「流行りのイノベーション手法や経営手法を追い求めていても、人的な側面を中心に置いたプリンシプルへと変革しなければ、なんら変わりやしない」というキーメッセージが、最初から最後まで、通奏低音として常に流れ続けています。

 

 

以下、各章のタイトルとその内容の一部を紹介します。

▶︎ 第一章「先のない企業の物語」
日本企業の現状: 逃げ切りを図る経営層、目先の成果に固執する管理職、指示に従うのみの若手。
▶︎ 第二章「システムだ、愚か者」
日本的経営システム: 組織活力を削ぎ価値を生みだせない借り物の経営手法で固めた経営システム。
▶︎ 第三章「経営プリンシプルの総取り替え」
ダイナモ人の復権を中心に据えた、未来を取り戻す新しい知識創造型「10のプリンシプル」。
▶︎ 第四章「ダイナモを生みだせ」
ダイナモ人を生みだす土壌づくりと経営者、管理職、若手それぞれのダイナモ人の行動様式と役割。
▶︎ 第五章「ダイナモ革新の道筋」
ダイナモ活躍の場を中心とした「ダイナモ革新」へのチェンジ・マネジメントの道筋と実際の手順。

 


 

本を読み進め、最後の「あとがき」に書かれた下記の言葉を読んで、先ほど書いた「平成や昭和を思わせる本」というもやっとした感覚が、少し晴れました。

 

この本の執筆は、最初から難しい選択に迫られました。それは想定する読者を経営者に絞るのか、あるいは若い世代を中心とする「ダイナモ」にするのかでした(…)「リーダーシップを発揮せよ!」と経営者を鼓舞する本は、ごまんとあります。若い世代に向かって、「時代は変わった!」とアピールする本も同様です。しかし、経験からわかっていたのは、どちらか一方だけでは、革新的な組織変化は起こせないということでした。情熱を心に秘めた経営者と若い世代が、一緒に読めて、ともに行動を起こすよう後押しすること、それがこの本の目的でした。

 

なるほど。この観点はとても大切だとおれも思います。

まだ読んでいないのですが、コトラーの最新刊『Marketing 5.0: Technology for Humanity』のキーメッセージの一つも「世代間ギャップをどう埋めるかを意識しつつビジネスを展開すべし」だそうです。

 

 

世の中に多く出回っている経営手法やイノベーション手法に関する本は、違いを明確にするばかりで、そこに橋をかけようという意識が足りていない気がしていました。どちらかの層に耳あたりが良いものは、たいていそれゆえに逆の層に疎ましさを感じさせてしまうものです。

違いをくっきりと浮き上がらせるだけで止めてしまうのは、むしろ分断を深めることにつながりかねません。

難しいのは、違いを明確にすることでははありません。橋をかけることです。

 

 

そんな観点から、おれはこの本はむしろミレニアルズ、Z世代、ジェンα(アルファ)に読んでもらいたいと思ったし、彼らからの反応が(それが称賛であれ批判であれ)あちこちから聞こえてくることこそが、この本がその価値を本当に発揮しているということになるのではないでしょうか。
(なお、著者たちと同世代の人たちが、この本を称賛で迎え入れることは間違いないでしょう。)

 

最後に、いくつか本から引用します。

 

イノベーションや変化を声高に求めながら、もう一方では、その原動力たるダイナモの居場所を奪ってきた経営は、環境破壊をしながら地球環境の大切さを叫ぶ私たちの姿にダブるものがある。持続可能な社会づくりに私たちの行動原則の変容が求められるのと同様に、イノベーションや変革を生みだす組織づくりには、経営の原則の変容が求められる。そして、その鍵は、企業にダイナモ的な生き方、すなわち人間らしさや野生みを許容する「知識創造の原則(プリンシプル)」にあるというのが、筆者の長年の研究・実践からの結論である。

 

 

利他主義は、今後の企業の経営のプリンシプルの大きな軸になることは言うまでもないが、実はその原点には環境革命という大きな人類的な移行期が背景にある(…)見える化自体が問題ではない。しかし、過剰にすべ手を見える化しようとする態度や思考は可能性を排除していく(…)ドイツの実存主義哲学者のマルティン・ハイデッガーは、昨日と同じような行動を続けながら漠然と未来に期待する人間を、本来的でないと考えて「非本来的実存」と呼んだ。しばしば私たちは、従来の仕組みや日常に埋没し、忙殺され、現在を目前の事柄としてしか認識できず、過去のことを忘れ、未来もぼんやりしたものとしかとらえず、なんとなく明日に期待しながら生きている。しかし、本来、私たちのあるべき「現存在」は、決意的に未来に先駆けようとするものだ。

 

 

ダイナモの9つの行動様式

・ 目的に尖る: ダイナモは理想をあきらめない人であり、その目的達成に全力を尽くす人である。

・ 行動主義: 精緻な分析をする前にまず自ら動き、行動から得る学やネットワークを重視する。

・ 可能性主義: 現実化させられるかどうかは、自分たちの行動次第という感覚で、可能性が小さそうでも、そちらに懸ける。

・ 圧倒的熱量: 決してあきらめないという強い決意、ほとばしる情熱、他人を思いやる優しい心、冷静かつ機転のきく頭脳

・ 巻き込み力: 伝説の求人広告をご存知だろうか? アイルランド人探検家のアーネスト・ヘンリー・シャクルトンが1914年にロンドンタイムスに出した、「大英帝国南極横断探検隊」の隊員募集の広告のコピーである。
“Men wanted for hazardous journey. Low wages, bitter cold, long hours of complete darkness. Safe return doubtful. Honour and recognition in event of success.”
「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の続く日々。絶えざる危険。生還の保証なし。ただし、成功の暁には名誉と賞賛」

・ 勇気と鈍感力: 自らのものの見方や行動が世間や常識からズレていることを気にせず、変人と認識されることを受け入れる度量

・ 共感力: 世の中をマクロ(かたまり)ではなく、喜怒哀楽に満ちた人々の集合体としてとらえる

・ 越境する力: 自分の組織・業界・」学問分野・国境を軽々と越えて、新しい組み合わせや知をつくりだす

・ 知的奔放さ: いたずらっ子のような好奇心と、それを言動に移す大胆さ。目的に向かったときの一途さ。そして、自らの志や夢を臆面もなく語る純粋さ。


 

 

Happy Collaboration!

ぱちはらダイアログ21〜25

オリジナルはこちら


2020年3月19日の第一回から今週で1年が経ちました。
そして「ぱちはらダイアログ」はその間に25回の開催。(ちなみに26回目は3月25日(木)の夜21時からの予定です。文京区議会議員の海津敦子さんをゲストに「民主主義 x 地方議会」で。)

それでは21〜25回を振り返ってみます。


■ 民主主義とオルタナ教育 | ぱちはらダイアログ21(210117)


ぱちはらダイアログ Vol.21「民主主義とオルタナ教育」ゲスト:本田 詩織さん(カタリバ)

ゲスト: NPO カタリバ 広報 本田 詩織さん

 

オルタナティブ教育っていうとモンテッソーリとかイエナプランとか、そういう教育法のことを指すと思われる人の方が多いのかもしれないけど、おれはより広義のいわゆる<国が定めた学校教育>以外の教育全般をイメージして使っています。

そんなわけで、この回では<Shape the Future | 未来は、つくれる。>をタグラインとして活動するNPO カタリバで、現在は広報をやっている本田詩織さんに来てもらいました。

おれは学校の教師のほとんどを心から嫌いで、学校で見かける大人たちにはいつも中指立てていたけれど、入り浸っていた楽器屋さんで会う大人や、レコード屋さんや本屋さんの人たち、それからご近所のおふくろの友だちや姉きの友だちの親御さんたちには心を許せてたし、本当にお世話になりました。

自分のそういう時代のことを考えると、近所にそういう<ナナメの関係>があることって、本当に重要だと感じます。カタリバにはもっともっと活躍して欲しいな!!


■ 民主主義と気候危機 | ぱちはらダイアログ22(210124)


ぱちはらダイアログ Vol.22 「民主主義と気候危機」

ゲスト: 我有さん & 大江さん(ATO4NEN

 

おれが全幅の信頼を寄せているフューチャーズ・デザイナー仲間の我有さんと、かれこれ4,5年いろんなイベントなんかでコラボさせてもらっている大江さんのお2人を招いて、気候変動への取り組みやそのきっかけなんかを伺いました。

この日は1月30日のイベント<みんなで話そう”社会を動かす3.5%” -私たちの視点から見る「あと4年」->直前企画だったけど、その後も3月7日には<みんなで話そう”社会を動かす3.5%” -私たちが「市民のチカラ」を信じるわけ->なども開催しています。
おれはATO4NENのこのシリーズを聞いて、佐久間 裕美子さんの『Weの市民革命』を書いました。いやー、おもしろかった!

『Weの市民革命』読書メモ – Pachi – the Collaboration Energizer


■ 民主主義と大学 | ぱちはらダイアログ23(210214)


ぱちはらダイアログ Vol.23 「民主主義と大学」ゲスト:山﨑 一希さん 茨城大学広報室

ゲスト: 茨城大学 広報室 山﨑 一希さん

 

茨大(イバダイ、って略すのが通らしい!?)広報室の山﨑さんをお招きして、大学、教育、広報と民主主義について語りました。

おれは自分が大学というものに通ったことがまったくないので、大学というものの役割や種類を知らずに生きてきたのですが、今回の話を聞いて「国立大学」というものが持つ構造的な特徴を改めて意識することができました。

この日、山﨑さんに紹介してもらった「NPO 教育のためのコミュニケーション」の設立イベントが先週あったのですが、そちらもおもしろかったです。

<教育の民主化>に興味をお持ちの方はぜひ覗いてみてください。

神代健彦さん招き設立記念イベント開催―「教育批評」としてのコミュニケーション


■ 民主主義と問い | ぱちはらダイアログ24(210302)


ぱちはらダイアログ Vol.24 民主主義と問い

ゲスト: フューチャーセッションズ代表 有福 英幸さん & ひとしずく代表 こくぼひろしさん

 

毎月第4土曜の夜、<「解決する」より「価値をつくる」>をテーマに問いからはじまるセッションが行われています。今回はその<#問いライブ​>を主幹するフューチャーセッションズの有福さんとひとしずくのこくぼさんをゲストに民主主義と問についてダイアログしました。

お2人とも、さすがダイアログと問いのプロフェッショナルです。

有福さんの<民主主義を民主化する>は名言ですね!

そしておれたちのような一般人が民主主義を語ること、問いかけること、そして発信することこそが<民主主義を民主化する>ってことなんじゃないかと思います。


■ 民主主義と3.11 | ぱちはらダイアログ25(210311)


ぱちはらダイアログ Vol.25 「民主主義と3.11」

ゲスト: なし

 

東日本大震災から10年。特別なことなんて何一つできていないおれだけど、やっぱり3.11は特別な日で、胸が痛みます…。

とは言え、やっぱり時間ってすごい力を持っていて、あの頃の自分が感じていた恐怖だったり、震災地域に対して感じていたさまざまな感情だったりは、少しずつぼやけてきてしまっている気がします。

おれたちは地震津波原発という3つの災害から何を学んだのか。学びをどれだけ形にできているのか…。2人で反省と追悼の対話をしました。


ゲストとしてご登場いただいた皆さま、ありがとうございました。また雑談しよう!!

そしてこれを読んでいるあなたに、そのうちゲスト登場いただくかも? そのときはぜひご協力ください。

Happy Collaboration!

ぱちはらダイアログ21〜25

オリジナルはこちら


2020年の3月19日の第一回から今週で1年が経ちました。
そして「ぱちはらダイアログ」はその間に25回の開催。(ちなみに26回目は3月25日(木)の夜21時からの予定です。文京区議会議員の海津敦子さんをゲストに「民主主義 x 地方議会」で。)

それでは21〜25回を振り返ってみます。


■ 民主主義とオルタナ教育 | ぱちはらダイアログ21(210117)


ぱちはらダイアログ Vol.21「民主主義とオルタナ教育」ゲスト:本田 詩織さん(カタリバ)

ゲスト: NPO カタリバ 広報 本田 詩織さん

 

オルタナティブ教育っていうとモンテッソーリとかイエナプランとか、そういう教育法のことを指すと思われる人の方が多いのかもしれないけど、おれはより広義のいわゆる<国が定めた学校教育>以外の教育全般を指しています。

そんなわけで、この回では<Shape the Future | 未来は、つくれる。>をタグラインとして活動するNPO カタリバで、現在は広報をやっている本田詩織さんに来てもらいました。

おれは学校の教師のほとんどを心から嫌いで、学校で見かける大人たちにはいつも中指立てていたけれど、入り浸っていた楽器屋さんで会う大人や、レコード屋さんや本屋さんの人たち、それからご近所のおふくろの友だちや姉きの友だちの親御さんたちには心を許せてたし、本当にお世話になりました。

自分のそういう時代のことを考えると、近所にそういう<ナナメの関係>があることって、本当に重要だと感じます。カタリバにはもっともっと活躍して欲しいな!!


■ 民主主義と気候危機 | ぱちはらダイアログ22(210124)


ぱちはらダイアログ Vol.22 「民主主義と気候危機」

ゲスト: 我有さん & 大江さん(ATO4NEN

 

おれが全幅の信頼を寄せているフューチャーズ・デザイナー仲間の我有さんと、かれこれ4,5年いろんなイベントなんかでコラボさせてもらっている大江さんのお2人を招いて、気候変動への取り組みやそのきっかけなんかを伺いました。

この日は1月30日のイベント<みんなで話そう”社会を動かす3.5%” -私たちの視点から見る「あと4年」->直前企画だったけど、その後も3月7日には<みんなで話そう”社会を動かす3.5%” -私たちが「市民のチカラ」を信じるわけ->なども開催しています。
おれはATO4NENのこのシリーズを聞いて、佐久間 裕美子さんの『Weの市民革命』を書いました。いやー、おもしろかった!

『Weの市民革命』読書メモ – Pachi – the Collaboration Energizer


■ 民主主義と大学 | ぱちはらダイアログ23(210214)


ぱちはらダイアログ Vol.23 「民主主義と大学」ゲスト:山﨑 一希さん 茨城大学広報室

ゲスト: 茨城大学 広報室 山﨑 一希さん

 

茨大(イバダイ、って略すのが通らしい!?)広報室の山﨑さんをお招きして、大学、教育、広報と民主主義について語りました。

おれは自分が大学というものに通ったことがまったくないので、大学というものの役割や種類を知らずに生きてきたのですが、今回の話を聞いて「国立大学」というものが持つ構造的な特徴を改めて意識することができました。

この日、山﨑さんに紹介してもらった「NPO 教育のためのコミュニケーション」の設立イベントが先週あったのですが、そちらもおもしろかったです。

<教育の民主化>に興味をお持ちの方はぜひ覗いてみてください。

神代健彦さん招き設立記念イベント開催―「教育批評」としてのコミュニケーション


■ 民主主義と問い | ぱちはらダイアログ24(210302)


ぱちはらダイアログ Vol.24 民主主義と問い

ゲスト: フューチャーセッションズ代表 有福 英幸さん & ひとしずく代表 こくぼひろしさん

 

毎月第4土曜の夜、<「解決する」より「価値をつくる」>をテーマに問いからはじまるセッションが行われています。今回はその<#問いライブ​>を主幹するフューチャーセッションズの有福さんとひとしずくのこくぼさんをゲストに民主主義と問についてダイアログしました。

お2人とも、さすがダイアログと問いのプロフェッショナルです。

有福さんの<民主主義を民主化する>は名言ですね!

そしておれたちのような一般人が民主主義を語ること、問いかけること、そして発信することこそが<民主主義を民主化する>ってことなんじゃないかと思います。


■ 民主主義と3.11 | ぱちはらダイアログ25(210311)


ぱちはらダイアログ Vol.25 「民主主義と3.11」

ゲスト: なし

 

東日本大震災から10年。特別なことなんて何一つできていないおれだけど、やっぱり3.11は特別な日で、胸が痛みます…。

とは言え、やっぱり時間ってすごい力を持っていて、あの頃の自分が感じていた恐怖だったり、震災地域に対して感じていたさまざまな感情だったりは、少しずつぼやけてきてしまっている気がします。

おれたちは地震津波原発という3つの災害から何を学んだのか。学びをどれだけ形にできているのか…。2人で反省と追悼の対話をしました。


ゲストとしてご登場いただいた皆さま、ありがとうございました。また雑談しよう!!

そしてこれを読んでいるあなたに、そのうちゲスト登場いただくかも? そのときはぜひご協力ください。

Happy Collaboration!

『Weの市民革命』読書メモ

オリジナルはこちら


佐久間 裕美子さんの『Weの市民革命』をようやく読んだ。

数カ月前に書店で手に取り、いきなり冒頭にギル・スコット・ヘロンの『Revolution Will Not Be Televised』のことが書かれていて、なんとなく「ああ、この人とは気が合うかもしれない」と勝手に親近感を覚えつつも、でもなんとなくまだ読む気がしなくてそのままになっていた。

そして数日前、明け方に目が覚めてしまい一挙に全部読んだ。

 

第1章の『消費はアクティビズムになった』を読んでいる間は、「なるほどそうか。この5〜6年の動きを一連の大きな流れとして捉えるとそういう感じだな。」なんてことを思いながら読み進めていた。

特にこの辺りについての話は、自分も見聞きしたり感じてきたことを紡いでくれているかのような気持ちになって、勝手に著者に強いシンパシーを感じながら読んでいました。

 

・ シェアリング・エコノミーが見せてくれた儚い夢があっという間に従来の資本主義の手先へと変化していったこと(2017年に書いた『シェアリング・エコノミーつらつら』を思い出しました。)

 

・ CEOアクティビズムや企業アクティビズムという、そろそろ日本にもやってきて欲しい流れ。
(なお、個人的には、ボイコットやバイコットという消費者サイドからの外圧に負けて仕方なく…ではなく、企業にはそれを自主的にやって欲しいし、自主的にそれをする企業こそが選ばれる企業であって欲しいと思っています。

 

ステイクホルダー資本主義やB-Corpの潮流とか、日本には拡がらないままおわっちゃうのかなぁ…とか。(2016年に『B Corp調査レポート – B Labが提供しているサービスと「相互依存宣言」』を書いた頃からずっと追っかけているけど、日本で認定を受けている企業って、この5年で3社くらいしか増えてないよね…)

 


 

第2章から先へと読み進んでいく中で、「そうか。こうしてマクロとミクロの世界を、グローバリズムローカリズムを、彼女自身が媒介となってつなげていく本だったのか」と、すっかり夢中になっていました。

著者のアーバンヒッピー的な資質やこれまでの生活スタイルが、こうした形での市民生活の浮かび上がらせ方に、ピタッとはまっているのだろう(少なくともおれには「ピタッ」と感じられるものだった)。

気がつけば、すごくたくさんの付箋を貼っていた(今数えてみたら、25枚)。

 

 

そして最後の章『自分ごとのサステイナビリティ』と『おわりに』を読む頃には、著者ご本人に、「あなたは、自分のことをジャーナリストとして捉えていらっしゃいますか? それともアクティビストと捉えていますか? あるいは…」なんてことを聞いてみたくなっていた。
(自分が「両方」という言葉を聞きたいから、こんな質問が頭に浮かぶのだろう。以前『ジャーナリズムとアクティビズム』に書いたように、「この2つは両立する」と思っているけれど、でもそれを自分ごととして「どうやって?!」となると、ギクシャクしたものが引っかかっているのだ。)

…なんてことを思っていたら、著者ご本人が以下のように書かれていました。

ジャーナリストと呼ばれることもありますが、ドナルド・トランプが大統領になった時点で、その肩書と決別しました。中立性とかもうどうでもいいやって思っちゃったんです。

note『はじめまして 2019年2月バージョン』より

 


 

ところで、おれはここ数年はわりと、ABCだったりPBSニュースアワーとかをちょこちょこ観ていて(って言っても、週に2-3時間程度だけどね)、なんとなくアメリカでの大きな出来事は押さえているつもりでいた。
でも、やっぱり報道だけでは暮らしている人たちの声やら息遣いというのはまったくわからないままで、ぼんやりと想像することしかできずにいた。

そういうおれにとって、この本は「現地からのレポート」としてもありがたい一冊でした。少し肌感を掴めたし、おそらくは年代や生き方など、ちょっと近いところもある(であろう)日本人の著者の目を通して見れることで、なんとなくこれまで掴みきれずにいた部分がはっきりした感じもありました。

ただ一方で、この著者の目に映っているのは、「ここのところ青色の方が若干目につきやすくなった、まだら色のアメリカ社会」の一部でしかないこともしっかり意識しておきたいです。
…そんなのは至極当然で言うまでもないことかもしれないけれど、ついつい簡単に一括りに捉えようとしてしまいがちな自分を知っているので、ここは改めて。しっかりと。

 

 

さて、本の内容についてももう少しちゃんと触れたい気もするけれど、すでに多くの書評が出回っているので、内容を知りたい方にはそちらを読んで貰おう。

それ以上にここでおれが触れたいのは、本の中で取り上げられている、著者が知人や友人から聞いた言葉だ。
どれも、ズシンとくる強烈なボディーブローのようなパンチ力を持っている。

最後に、いくつかの引用を。

 


 

アーティストのアトリエは、突然の訪問が申し訳なく思えるほど荒廃していた。踏み込んでしまったような気がしてお詫びの言葉を発した私に、彼女がこう言った。
「いいの。こうやって見てもらうことが大切だと思う。ふだん使っているモノがどうやって作られているか、ほとんどの人は考えたりしないでしょう?

 

 

ふたりは向いに並んでいた長屋のような建物が取り壊されて大型コンドミニアムの建設が決まったときに、店を売ってマサチューセッツ州のヒッピータウンに移住した。クリスはブルックリンを去る際、こう話していた。「店は僕らの夢の実現だった。チーズとビールを愛する人たちがいて、店もうまくいってる。でも僕らふたりともほとんど休むこともできずにいつも働いている。僕らが店に出ないシステムにしようとすると、店の利益は人件費に吸い取られてしまう。こんなギリギリでやっていくのにも疲れたよ」

 

 

「何のために?」
この10年ほどの間、ニューヨークを出ていく友人たちの口から何度も発せられるのを耳にした言葉だ。高い家賃を払って、高い物価に耐え、何のためにこの地で暮らしているのか。とどまるところを知らないインフレは、いつか終わるのか。何度も繰り返されてきた会話の背景には、「このシステムはサステイナブルではない。自分の生活もサステイナブルではない」という共通認識があった。


 

 

 

Happy Collaboration!

 

小売&ショッピングの未来とメンタルヘルスとウェルビーイング、そして旅行の未来

オリジナルはこちら


未来は微妙なニュアンスの中に、混沌と曖昧の中に漂って、灰色に包まれたグラデーションの分岐点「スレッショルド」に…

The Beauty Of Thresholds.』を紹介するシリーズも最終回に。今回は「小売&ショッピング」「メンタルヘルスウェルビーイング」「旅行」を取り上げます。

 

Threshold ≒ しきい値 ≒ 境目となる値。
何かが変わる分岐点。そのギリギリのところ。

■ 小売&ショッピング

 

How will cityscapes change as brick and mortar stores move to ubiquitous digital storefronts?
リアルな店舗がユビキタスなオンライン店舗へと移動すると、都市の景観はどのように変化するのでしょうか?

 

What new (or old) services will move into the vacant physical spaces left by retail in our cities?
どのような新しい(あるいは古い)サービスが、リアル店舗のオンラインへの移動により生まれたスペースに出現するのでしょうか?

 

What unique experiences will we seek when going to a physical place?
私たちは物理的な空間にどのような独自の体験を期待するようになるのでしょうか?

 

Drivers: Online Shopping, Experience Design, Digital Storefronts, Need for tangible and social experiences, Repurposing the city.

推進要因: オンライン・ショッピング。エクスペリエンス・デザイン。バーチャル店舗。具体的で社会的な体験の必要性。都市の再適用。

 

パンデミックによりオンライン・ショッピングがより隆盛となる中、伝統的な買い物体験も一変し、元通りに戻ることはないのかもしれません。

これが意味するのは、都市の商業地域における店舗の必要性の変化であり、新しく刺激的な商業用途が生まれる可能性を示しています。

 

 

ここ数年、大手ブランドはコンセプト・ストアを通じて「独自の体験」を追求してきました。ハイストリートに並ぶのは、ブランドを、あるいはアイデアやコンセプトを体験してもらう場所であり、必ずしも商品を買ってもらおうというお店ではありませんでした。

今度、オンラインの世界へと移行した店舗が残した都市の商業地域が私たちに提供するのは、ショッピングを超えた新たな「体験型」サービスとなるのかもしれません。

 


 

メンタルヘルスウェルビーイング

 


How will our relationship to mental health change as the taboo around it disappears?
メンタルヘルスにまつわるタブーがなくなることで、私たちのそれとの関係はどのように変化するのでしょうか?

 

How will a new focus on wellbeing change our routines and habits?
ウェルビーイングへの新たな視点は、私たちの日常生活や習慣をどのように変化させるのでしょうか?

 

What new categories will emerge from the new focus on mental health and wellbeing?
メンタルヘルスウェルビーイングへの新たな視点は、どのような新しいカテゴリーを生み出すのでしょうか?

 

Drivers: Wellbeing, Stress & Anxiety Epidemic, Addiction to technology, Breaking Taboos.

推進要因: ウェルビーイング。ストレスと不安の蔓延。テクノロジー依存。タブーの打破。

 

COVIDにより大変革を起こしたものがあるとすれば、その一つは間違いなくメンタルヘルス関連でしょう。

ウイルスの世界的脅威は、ロックダウンや精神的危機、恐怖と不安と心身へのストレスで私たちを蝕み、ウェルビーイングを大きく低下させました。

 

 

この問題は、一部の人たちのものとして考えるのではなく、全社会的に取り組むべきものでしょう。

肉体的健康を保つための健康的な食事や栄養補助食品、運動などの重要性が広く認知されているように、精神的な健康を保つための取り組みも重要です。

メンタルヘルスウェルビーイングの神秘は解き明かされ、意識や知覚はニッチな対象ではなく、私たちのより良い未来にとっての重要要素として、多くの人に捉えられるようになりました。

 


 

■ 旅行

 


When will we see a return to the high levels of travel seen pre-pandemic?
一体いつ、旅行はパンデミック前のレベルの活況を取り戻すのでしょうか?

 

How will business travel look like when remote work has been adopted widely?
リモートワークがこれだけ浸透した今、ビジネストラベルはどのようなものとなっていくのでしょうか?

 

What will be the impact in those economies relying on tourism as a key source of income?
主な収入源を観光に依存している業界やプレイヤーは今後どうすれば良いのでしょうか?

 

What will it mean for globalization? Will traveling become a privilege again?
グローバリゼーションにとってこれは何を意味しているのでしょうか? 旅行は再び特権となるのでしょうか?

 

Drivers: Glocalization, End of Fast Cheap Travel, Repurposing Local Economies, Search For Novel Experiences.

推進要因: :グローカル化。格安旅行の終焉。地域経済の再定義。斬新な体験の探索。

 

「移動のない世界」の影響を最も顕著に受けたのが旅行業界です。

航空、ホテル、エンターテインメント、サービスの各セクターは危機に瀕しており、迅速な回復は見込めません。この大規模な変化は、観光業に依存する経済全体の再編成をすでに進めており、この危機が終結するまでその変化は続くでしょう。

 

 

しかし、回復の模様や度合いはおそらく不平等なもので国によって異なるでしょう。少なくとも、当面の間は異なる現実が共存することとなります。

人びとは誰しも旅行が好きで、新たなものを見たがります。問題は、どこでそれが最初に可能となるのか。世界各地でどのように異なる旅行体験が進んでいくのかです。

ハイパーコネクテッドにグローバル化されたこの星を飛び回るという経験は、過去のものとなるのかもしれません。そして旅行は再び「裕福層だけの特権」となるのでしょうか。

 


■ 振り返り


ここまでの振り返りはわずかな断片を捉えたに過ぎず、今もどんどんと変化を続けています。

新たな姿を披露し続ける歴史を前に、私たちは付き合い方を学び続け、また同時に新たな現実と向き合わなければなりません。

すべてのあらゆる危機と同様に、この危機もやがては過ぎ去ります。しかしそれまでの間、私たちは警戒心と好奇心を持ち続け、これまで以上の熱意で未来をデザインし続けなければなりません。

 

 

あなたの意見や考えを、無理に結論付ける必要はありません。ただそのままの形で教えてください。

あなたのその声が、未来には現代の時代精神ツァイトガイスト)の貴重な証となるでしょう。

この動きを、継続的な実践へとしていきましょう。

 

 

Happy Collaboration!

トゥルース・ウォーズの未来と仕事の未来

オリジナルはこちら


Threshold ≒ しきい値 ≒ 境目となる値。何かが変わる分岐点。そのギリギリのところ。

 

前回の『しきい値の美とテセウスの船とフューチャーズデザイン。
に続き、いよいよニックが『The Beauty Of Thresholds.』に書いたオープンな問いへ、ルースエンドへと分け入っていきましょう。

未来は微妙なニュアンスの中に、混沌と曖昧の中に漂って、灰色に包まれたグラデーションの分岐点「スレッショルド」に…

 

 

■ トゥルース・ウォーズ

 

Who holds the authority of truth and veracity in our current information world?
現代の情報社会において、誰が真実と正確性を保証するのでしょうか?

 

What will it mean that truth becomes relative in different parts of the internet?
真実はインターネットの場所により相対的であるとは、一体何を意味しているのでしょうか?

 

How will we deal with collective challenges (such as climate change) when facts become irrelevant?
事実が不適当となる社会において、(たとえば気候変動のような)共同体としてのチャレンジを私たちはどのように扱えば良いのでしょうか?

 

What new kind of lies will we have to become accustomed to live with?
私たちはどんな種類の嘘と一緒に暮らすことに慣れなければならないのでしょうか?

 

Drivers: Dead of the institutions, Fake News, Need for reassurance, Information overload.
推進要因: 公共機関の死。フェイクニュース。安心の必要性。情報過多。

 

 

2020年の大きな副作用は、私たちがオンラインで過ごす時間がとても長くなったということです。

インターネットは愛する人たちとの自分をつなぐライフラインとなり、仕事のプラットフォームとなり、そして同時に教育と娯楽の場になりました。

そこには美味しいサワードウパンの作り方から、ウイルス罹患の自己診断方法、5分で分かる巨大ブラックホールの謎まで、あらゆる情報と知識があなたのすべての時間を食い尽くそうとするかのように蠢いています。

 

 

しかし謎の病による恐怖と混乱のカオスが拡がる中で、人びとが切実に求めたのは「真実」と「正確性」でした。そして多くの一般的な人びとは、分散され莫大な量となった情報に飲み込まれ、方向感覚を失ってしまいました。

さらに、行政をはじめとした公共機関への不審と懐疑論の高まりは「真実の独占」を破壊し、その結果それぞれの主義や信条に応じた事実を持つ、互いが分断された「パラレルな真実の世界」が出現したのです。

 

 

真実を手にしているのが誰か。それを知っているのは、もはや一部のエキスパートだけが知っているものではなくなり、真実を知るものとして名乗りをあげる者たちの列は途切れることを知りません…。

ときに、地動説ではなく天動説を信じている人間を笑い飛ばすのは楽しいことかもしれません。

しかしこれだけたくさんの陰謀論が出回りそれを信じる人が一定数にまで登ると、真実は客観的でも共同体的でもなくなってしまい、私たちの社会と民主主義は脅威にさらされてしまうのです。

 


 

■ 仕事

 

What will it mean to be “at work” in a post pandemic world?
パンデミック後の世界で「仕事中」とは何を意味するようになったのでしょうか?

 

How will the new nature of work redefine our identity, especially within the knowledge economy?
仕事の新たな特性は、私たちのアイデンティティーにどのような見直しを迫っているのでしょうか? とりわけ知識経済においては?

 

What will be the collateral impact to other industries of a new more flexible working paradigm?
「新しくより柔軟な仕事」というパラダイムは、他の業界にどのような副次的影響を与えているでしょうか?

 

Drivers: Remote Work , Need for Socialising, Knowledge Economy, The importance of good physical frames.
推進要因: リモートワーク。社交の必要性。知識経済。物理的在宅ワーク空間の重要性。

 

 

仕事は、パンデミックにより最も顕著に変化したものの一つでしょう。在宅勤務は知識経済におけるキングとなり、多くの人びとが、都市計画や輸送などと同様に、オフィスというコンセプトが元に戻ることはないだろうと考えています。

ただ個人的には、オフィスが完全になくなるとは思いません。その形は変わり、多数ある「仕事をするための場所の一つ」になるのだろうと考えています。
場所、時間、活動の柔軟性を上げる方が、仕事を完全リモートとすることよりも重要なのかもしれません。

 

 

昨年明らかになったのは、仕事とは単に生産性を追求すれば良いというものではないということ。仕事は人のアイデンティティーや社会的なつながりに欠かせない舞台でもあるということです。

そこでは誰もが、社会的環境の中で成長のための刺激を与え合う役割を演じているのです。

仕事からそうした要素を除いてしまえば、そこに残るのは単なる画面上に写るスプレッドシートと、ブツブツと切れるZoomの会話だけでしょう。おそらくは、多くの人が、自分の人生を考え直そうと考えるのではないでしょうか。

 


 

次回は「小売&ショッピングの未来」「メンタルヘルスウェルビーイングの未来」「旅行の未来」について取り上げます。

お楽しみに! Happy Collaboration!